エンリケ・ベラ (プロレスラー)

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リングネーム エンリケ・ベラ[1]
ベラ・ロドリゲス[1]
オンブレ・デ・ネグロ[1]
ブロンクス[1]
ダークネス[1]
本名 エンリケ・ベラ・ロドリゲス(Enrique Vera Rodriguez)[1]
ニックネーム アステカの魔術師
身長 178cm[2][1]
エンリケ・ベラ
プロフィール
リングネーム エンリケ・ベラ[1]
ベラ・ロドリゲス[1]
オンブレ・デ・ネグロ[1]
ブロンクス[1]
ダークネス[1]
本名 エンリケ・ベラ・ロドリゲス(Enrique Vera Rodriguez)[1]
ニックネーム アステカの魔術師
身長 178cm[2][1]
体重 100kg[2][1]
誕生日 1948年10月21日(71歳)[1]
出身地 メキシコの旗 メキシコ
ハリスコ州グアダラハラ[1]
トレーナー ディアブロ・ベラスコ[1][2]
デビュー 1968年2月24日[1]
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エンリケ・ベラ・ロドリゲスEnrique Vera Rodriguez1948年10月21日 - )は、メキシコプロレスラーハリスコ州グアダラハラ出身。

素顔の重量級リンピオとして活躍した[2]。実弟がザ・キラーことホセ・ルイス・ペレス・ロドリゲス(ルイス・ベラ)[3]、実の子にエル・イホ・デル・エンリケ・ベラ[4]

地元グアダラハラのディアブロ・ベラスコのジムでトレーニングを積み、1968年2月24日に同地でデビュー。地元でオクシデンテ・ライトヘビー級王座を奪取(年代、相手不明)[2]した後、メキシコシティに進出[2]

1972年6月18日、ラウル・マタ英語版を破りナショナル・ライトヘビー級王座を獲得[5]1973年10月26日にはメキシコシティでアンヘル・ブランコからナショナル・ヘビー級王座を奪取した[6]

1977年3月、新日本プロレスベラ・ロドリゲスのリングネームで初来日し、『第4回ワールドリーグ戦』に出場[7]坂口征二吉田光雄マスクド・スーパースターニコリ・ボルコフロベルト・ソトトニー・チャールズらと対戦したが、リーグ戦を棄権したジョニー・パワーズからの不戦勝以外は全敗の戦績に終わった[8]

アメリカNWA圏にも出場しており、1978年11月23日にはカリフォルニア州サクラメントにてロン・スターと組み、エド・ウィスコスキー&バディ・ローズからサンフランシスコ版のNWA世界タッグ王座を奪取している[9]

1983年5月、エンリケ・ベラとして新日本プロレスに再来日。『IWGP決勝リーグ戦』に中南米代表でカネックと共に出場し、アントニオ猪木アンドレ・ザ・ジャイアントハルク・ホーガンビッグ・ジョン・スタッドキラー・カーンラッシャー木村前田日明とも対戦したが、今回も勝ち星は負傷帰国したオットー・ワンツからの不戦勝のみで結果を残せなかった[2][10]

その後、1983年10月23日にカネック&ドス・カラスとのトリプル・スレット・マッチを制しUWA世界ヘビー級王座を獲得[11]。同年にはUWA世界ジュニアヘビー級王座にも戴冠している[12]

1985年5月には新日本プロレスに3度目の来日。シングルマッチではザ・コブラスーパー・ストロング・マシーンヒロ斎藤らと対戦し、若手時代の武藤敬司からは勝利を収めた[13]。その後はWWAにてWWA世界ライトヘビー級王座を獲得した[14]

2010年12月23日に引退[1]

得意技

獲得タイトル

脚注

外部リンク

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