オッカムの剃刀
「説明するために必要以上に多くの仮定を用いるべきではない」という指針
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概要
指針
原文

必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない。[注 2] — オッカム
類似の表現
例
注意点
説明に不必要であることは、存在の否定ではない
オッカムの剃刀は単純化の手段に過ぎないのであって、説明に不要な存在を否定するものではない[5]。上述の例では、説明には不要な存在として「神」が剃り落とされているが、これは「神が存在しない」ということを意味するものではない。あくまで神の存在、不在は別の議題となる。
真偽の判定則ではない
オッカムの剃刀は、既にある理論や仮説等に対して、新たな仮説等を追加すべきかどうかを選ぶひとつの立場に過ぎないのであって、オッカムの剃刀によって追加することを選択しても、「その仮説が正しい」ということにはならない。同様に、オッカムの剃刀によって切り捨てられたからといって、「その仮説が間違っていた」ということにはならない。何故なら、オッカムの剃刀は真偽の判定則ではないからである。
何が説明に必要であるかは自明ではない
オッカムの剃刀を適用するにあたっては、慎重な検討が必要である。一見不要に見える仮説でも、実は見落とした事柄によって必要とされていることもあり、適用すべきでないことにまで適用してしまう危険性があるので、必要性は慎重に判断しなければならない。さもなくば過剰に適用して必要な仮説まで切り落としてしまう危険性がある。これを考慮して、ウォルター・チャットン[注 3]は次のような言葉を考案した。
ある事柄が、3つの要素で説明できないのならば、4つ目の要素を加えよ
これはオッカムの剃刀が、その前提条件「必要が無いなら」においてのみ成り立ち、その前提条件から外れる場合、すなわち、「必要がある」場合には成り立たないことに注意せよという指摘である[注 4]。
