オットー・ハーン (原子力船)
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 船種 |
原子力ばら積み貨物船(鉱石・穀物運搬船、1970年-1979年) コンテナ船(1983年-2009年) |
| 船籍 |
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| 建造所 | ホヴァルツヴェルケ=ドイツ造船[1][2] |
| 経歴 | |
| 起工 | 1963年8月31日 |
| 進水 | 1964年6月13日 |
| 竣工 | 1968年10月1日 |
| その後 | 2009年解体 |
| 要目 | |
| 総トン数 | 16,871 t[3]または10,040 t[2] |
| 載貨重量 | 14,428 トン |
| 全長 | 172.1 m[4] |
| 最大幅 | 23.4 m[2] |
| 深さ | 14.5 m[1] |
| 喫水 | 9.2 m[1] |
| 主機関 |
加圧水型原子炉 1基、蒸気タービン(1968年-1983年)[4] 赤坂・三菱7UEC60HA型ディーゼルエンジン 1基(1983年-2009年) |
| 出力 |
11,000 馬力(1968年-1983年)[1][4] 11,340 馬力(1983年-2009年) |
| 最大速力 | 17.0 kt |
| 航海速力 | 15.8 kt[2] |
| 乗組員 | 63名( + 研究員35名)[2] |
オットー・ハーン (Otto Hahn) は、西ドイツ(当時)が建造した原子力ばら積み貨物船(鉱石・穀物運搬船[2])。ヨーロッパで初めて原子力推進を採用した民間船だったが、後に原子炉を撤去しディーゼルエンジンに換装された。船名は、核分裂反応を発見した化学者・物理学者のオットー・ハーンにちなむ。
設計
船種をばら積み貨物船としたのは、入港時の手続きを容易にするためだとされている[1]。
原子炉はバブコック・インターアトム社製の加圧水型原子炉1基[4]で、熱出力は38メガワット[2]、燃料棒の数は16本であった。蒸気発生器と主冷却ポンプを1基の圧力容器に収納し、プラントをコンパクトにすることに成功した[4]。一次冷却水系の圧力は6.4 MPa、温度は551 Kで[5]、サヴァンナ(12.0 MPa/537 K)やむつ(12.0 MPa/537 K)と比べて圧力を低く抑えられていた。就役までに定係港が決まらない可能性に備えて、原子炉の燃料交換設備も搭載していた[1]。原子炉制御室とは別に、操舵室にも原子炉スクラムスイッチがあり、緊急時には操舵室からも原子炉を停止させることができた[1]。
竣工時の乗組員には、1名の機関士を含む6名の女性が含まれていた。このことを就役直前の視察で知った日本原子力船開発事業団は、当時計画中の原子力船「むつ」にも女性乗組員を採用した[1]。
