オルペウス教の黄金板
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縦3-4cm、横4-8cm、長方形や木の葉の形をしている[8]。骸骨の胸元や手元に副葬品として添えられていた[8][2][4]。折りたたまれてネックレスに収められていた場合もある[8]。
出土地はギリシア(テッサリア[9]、マケドニア[9]、クレタ島エレウテルナ[6])、南イタリア[9](ペテリア[6]、ヒッポニオン[3]、トゥリオイ[6])、ローマ[6]、シチリア[9]、北アフリカ[2]に及ぶ。年代は前5世紀(古典期)から後3世紀(古代末期)に及ぶ[9]。
「デルヴェニ・パピルス」や「オルビア出土の骨板」と並ぶ、オルペウス教の貴重な考古資料となっている[3]。ただし、黄金板の銘文にオルペウスの名前は登場しない[3][9]。そのため、20世紀にはオルペウス教との関係に否定説もあったが、21世紀には肯定説が優勢になっている[3]。

