オレグ・イツホキ
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
1983年にモスクワで生まれ、2003年にモスクワ大学で経済学の学士号を取得。2004年にニュー・エコノミック・スクールで経済学の修士号を取得。その後、ハーバード大学で経済学の博士課程に進学し、2009年に博士号を取得。博士論文では、国際貿易と失業、不平等、再分配の関係を研究した。指導教員はエルハナン・ヘルプマン、ギータ・ゴピナート、アレフ・ツィヴィンスキー、ポル・アントラス[3]。
博士号取得後はプリンストン大学で経済学の教授を務め、2015年にアルフレッド・P・スローン研究フェローに選出される。2019年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)へ移籍し、2020年にVenu and Ana Kotamraju Endowed Chair in Economicsを授与される[4]。
また、『American Economic Review』のアソシエイト・エディター、全米経済研究所(NBER)のリサーチ・アソシエイト、経済政策研究センター(CEPR)のリサーチ・アフィリエイトも務める。
研究
イツホキの研究分野は、国際貿易が労働市場に与える影響、為替レート・ディスコネクト、為替レート・パススルーなど多岐にわたる[5]。IDEAS/RePEcによれば、研究成果の量に基づくランキングで世界の経済学者の上位3%に位置している[6]。
代表的な研究として、イツホキはエルハナン・ヘルプマンおよびスティーヴン・レディングとともに、生産性の高い企業ほど高賃金を支払い、輸出は所与の生産性水準における賃金を押し上げるという理論枠組みを構築した。この枠組みでは、貿易自由化は失業率を上昇させる場合も低下させる場合もあり得る一方で、常に賃金不平等を閉鎖経済と比べて拡大させることが示されている[7]。
このモデルを基礎として、イツホキ、エルハナン・ヘルプマン、スティーヴン・レディング、マルク=アンドレアス・ミュンドラーは、企業規模および貿易参加が企業間賃金格差と密接に関連しており、それが産業内・職業内の賃金不平等の主要因となることを示した。また、ブラジルの企業・労働者リンクデータにおける賃金と雇用の分布が、2010年のモデルによって良好に近似されることを示している[8]。
さらに、イツホキとエルハナン・ヘルプマンは、二国二部門モデルにおける労働市場の硬直性が国際貿易と失業に与える影響も分析している[9]。
国際金融分野では、特に為替レート・パススルーの研究で知られている。イツホキとギータ・ゴピナートは、価格改定頻度が高いほど輸入価格の為替感応度が高くなることを示し、これは価格マークアップの変動が利益を圧迫するため企業が頻繁な価格改定を避けることに起因すると解釈している[10]。
また、ロベルト・リゴボン (Roberto Rigobon)との共著では、為替パススルーが価格変更の有無を条件としても価格通貨の選択に依存することを示し、価格通貨が外生的であるという仮定に疑問を投げかけた[11]。
さらに、メアリー・アミティおよびヨゼフ・コーニングスとの研究では、小規模な非輸入企業では為替パススルーがほぼ完全である一方、大規模で輸入集約的な輸出企業では約50%にとどまることを示し、企業間のパススルーの異質性が低い集計的パススルーを生むことを明らかにした[12]。
最後に、ドミトリー・ムーヒンとの共著では、為替レート変動の主因として経済ファンダメンタルズではなく金融市場のノイズに着目し、実物的景気循環モデルを構築した。このモデルは、Meese–Rogoffの為替予測パズル、バッカス=スミスの逆説、購買力平価のパズル、カバーなし金利平価のパズルといった主要な為替レートのパズルを同時に説明できることを示している[13]。同様の洞察は、購買力平価のパズルの説明にも用いられている[14]。
2022年のロシア国民の戦闘への動員について
マキシム・ミロノフ (Maxim Mironov) との共同研究で、戦争による死傷者の増加や国外への亡命が進むことで、ロシアにおいて20~29歳の男性人口の1割以上が失われる可能性があることを指摘している[15]。その結果、とりわけ経済的に困窮した地域では、多くの子どもたちが父親を失った状態で育つことになり、そうした子どもたちが思春期を迎える5~10年後に、犯罪率が上昇する可能性を指摘している[15]。