オレグ・ヴィドフ
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本名
Oleg Borisovich Vidov(Олег Борисович Видов)
| オレグ・ヴィドフ Oleg Vidov | |
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2013年撮影 | |
| 本名 | Oleg Borisovich Vidov(Олег Борисович Видов) |
| 生年月日 | 1943年6月11日 |
| 没年月日 | 2017年5月16日(73歳没) |
| 出生地 |
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| 死没地 |
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| 国籍 |
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| 職業 | 俳優 |
| 活動期間 | 1961年 - 2014年 |
オレグ・ヴィドフ(Oleg Borisovich Vidov, ロシア語: Оле́г Бори́сович Ви́дов、1943年6月11日 - 2017年5月16日)は、ソビエト連邦出身の俳優。
モスクワ州出身。全ソ国立映画大学(現・全ロシア映画大学)卒業[1][2]。
1961年にデビュー、端正な顔立ちで人気を博し、欧米では「ソ連のロバート・レッドフォード」と呼ばれた[2][3][4]。国際的にも注目され、1970年のディノ・デ・ラウレンティス製作によるイタリア・ソ連合作映画『ワーテルロー』に出演した[1][2]ほか、1974年の日ソ合作映画『モスクワわが愛』では栗原小巻と共演した(公開当時は「アレグ・ビドフ」と表記された)[5]。
1982年、ユーゴスラビア人女性と結婚したのを機にユーゴスラビアに移住して活動するが1985年に離婚、その後アメリカ合衆国へ亡命した[4]。亡命後は典型的なロシア人キャラクターを多く演じた。
また、亡命後に結婚した妻と共に1988年に映画製作・配給会社「Films by Jove Inc.」を設立、1992年に、1936年から1991年にかけて制作された約1200本の映画を所蔵するソユーズムリトフィルム・スタジオのアニメーション・ライブラリーの国際配給権を獲得し、ソ連のアニメーション映画のデジタル修復に資金を提供し、その世界的な普及に貢献した[1][2][4][6]。2007年、その権利をロシア人実業家アリシェル・ウスマノフに売却した[1][7]。