オレン・スマジャ
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イスラエルにおける柔道普及のきっかけをつくった父親の影響により柔道を始めた[3]。1990年の世界ジュニア71kg級では決勝でソ連のウラジーミル・ジェボアーゼに敗れるが2位となった。1992年バルセロナオリンピックでは準々決勝で韓国の鄭勲に小内刈で敗れるが、3位決定戦でドイツのステファン・ドットを大内返で破って、前日にイスラエル選手として全競技を通して初めてのオリンピックメダリスト(銀メダル)となったヤエル・アラドに続いて、また、男子としては初のメダルとなる銅メダルを獲得することになった[1]。1993年に階級を78kg級に上げると、1995年の世界選手権では、決勝で古賀稔彦に一本背負投で敗れるが2位となった。1996年アトランタオリンピックでは2回戦で敗れた[1]。 現在はイスラエル柔道男子チームのコーチをしている。