オンズロー (駆逐艦・2代)
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| オンズロー | |
|---|---|
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1943年のオンズロー | |
| 基本情報 | |
| 建造所 | ジョン・ブラウン・アンド・カンパニー |
| 運用者 |
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| 級名 | O級駆逐艦・嚮導艦 |
| 艦歴 | |
| 発注 | 1939年9月3日 |
| 起工 | 1940年7月1日 |
| 進水 | 1941年3月31日 |
| 竣工 | 1941年10月8日 |
| その後 | パキスタンへ売却。1949年9月30日に引き渡し。1980年除籍。 |
| 改名 |
HMS オンズロー (1940年) PNS ティプー・スルターン (1949年) |
| 要目 | |
| 排水量 | 1,550ロングトン (1,570 t) |
| 長さ | 345 ft (105 m)全長 |
| 幅 | 35 ft (11 m) |
| 吃水 | 13 ft 6 in (4.11 m) |
| 推進 |
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| 出力 | 40,000 shp (30,000 kW) |
| 速力 | 37ノット (43 mph; 69 km/h) |
| 航続距離 | 3,850 nmi (7,130 km)(20 kn (23 mph; 37 km/h) ) |
| 乗員 | 158人 |
| 兵装 |
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ジョン・ブラウン社で建造[1]。1939年9月3日発注[2]。1940年7月1日起工[1]。1941年3月31日進水[1]。6月3日、爆弾の爆風によって上部構造物に被害を受けた[3]。10月8日竣工[1]。船体、機関及び補機を合わせた費用は41万6942英ポンドであった[4]。
オンズローはイギリス本国艦隊に所属し、主に北極海輸送船団の護衛(第二次世界大戦中の北極海における輸送船団)に従事した。また、1942年のハープーン作戦の際には地中海へ、1944年中期のノルマンディー上陸作戦前後にはイギリス海峡へ分遣された。オンズローの最も有名な働きは、1942年にバレンツ海海戦でロシアへ向かうJW51B船団を護衛した時のものだった。この戦いでオンズローは大破し、艦長のロバート・シャーブルックは重傷を負ったが、オンズローを含む船団護衛艦はドイツの重巡洋艦アドミラル・ヒッパーの攻撃を退けることに成功した。
終戦後の1945年11月、オンズローは「デッドライト作戦」の本部となった。これはUボートを自沈処分のためにライアン浦 (Loch Ryan) からブラッディ岬 (Bloody Foreland) へ移動させる任務だった。1947年8月にはポーツマスで潜水艦の標的艦や対潜試験艦として使われていた[5]。
1947年11月3日、カテゴリーB1予備役となる[6]。
1948年に「オファ」とともにパキスタンへ売却されることとなり、「オンズロー」は1949年9月30日に引き渡されて「ティプー・スルターン (Tippu Sultan)」となった[7]。
1954年、ティプー・スルターンはマルタで改修を受けた。1957年から1959年には、バーケンヘッドで16型フリゲート仕様に改造された[8]。
1980年に除籍された[6]。