カブルトゥ

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カブルトゥQabultu、? - ?)は、モンゴル帝国に仕えた将軍の一人。『元史』などの漢文史料では哈八児禿(hābāértū)と記される。

概要

カブルトゥはモンゴル部族の一つ、スニト(薛亦)氏の出身であった。カブルトゥはモンケ・カーンの南宋親征に従軍したのを皮切りに、親王タガチャル麾下での帝位継承戦争への参加で功績を挙げ、最期には南宋平定中に亡くなった。

カブルトゥの息子チャガンは父の後を継いで南宋平定に従軍し、襄陽・樊城の戦いなどで功績を挙げた。その後も南宋各地で転戦し、屯田千戸やダルガチなどを務めた後、1301年(大徳5年)に亡くなった。チャガンの死後は息子のタイナル(太納)が後を継いだ[1]

脚注

参考文献

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