カムチャツカ地震 (2025年)
2025年7月30日にロシア極東のカムチャッカ半島沖を震源として発生した地震
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カムチャツカ地震(カムチャツカじしん、露: Землетрясение на Камчатке)は、2025年7月30日11時24分(カムチャツカ時間。日本時間7月30日8時24分、UTC7月29日23時24分)にロシア・カムチャツカ半島ペトロパブロフスク・カムチャツキーの東南東126 kmを震央として発生したモーメント・マグニチュード(Mw)8.8の巨大地震である[1][2]。アメリカ合衆国地質調査所(USGS)によると、2011年の東北地方太平洋沖地震以降世界で最も規模が大きい地震で[3]、20世紀以降では1906年のエクアドル・コロンビア地震と2010年のチリ地震に並ぶ、史上6番目に大きな地震である[4]。
| カムチャツカ地震 (2025年) | |
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震源の位置(USGS) | |
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震源地 | |
| 本震 | |
| 発生日 | 2025年7月30日 |
| 発生時刻 |
11時24分(カムチャツカ時間) 8時24分(日本時間) 29日23時24分(UTC) |
| 持続時間 | 4分 |
| 震央 |
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| 座標 | 北緯52.473度 東経160.396度 |
| 震源の深さ | 35 km |
| 規模 | Mw8.8 |
| 最大震度 | 改正メルカリ震度IX: ペトロパブロフスク・カムチャツキー |
| 津波 | 5-6 m |
| 地震の種類 | 海溝型地震、逆断層型 |
| 前震 | |
| 回数 | 286回(Mw4.0以上) |
| 最大前震 | 2025年7月20日6時49分(Mw7.4) |
| 余震 | |
| 回数 | 612回以上(Mw4.0以上) |
| 最大余震 | 2025年9月19日3時58分(Mw7.8) |
| 被害 | |
| 死傷者数 |
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| 被害地域 |
などの環太平洋地域 |
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| プロジェクト:地球科学 プロジェクト:災害 | |
アメリカ合衆国地質調査所(USGS)は、当初Mw8.0と報じたが、後にMw8.7に引き上げ、更にその後Mw8.8へと引き上げた[2]。これは世界でも10年に1度起こる程度の規模の地震である。
地殻構造
この地震は、千島列島の東海岸からカムチャツカ半島にかけて広がる北アメリカプレートと太平洋プレートの間の大きな逆断層で、収束型境界である千島海溝沈み込み帯で発生した。太平洋プレートが、北アメリカプレートへ沈み込む活発な活動は、白亜紀以来継続している[5]。これら2つのプレートの収束速度は、年間76-90 mmの間と推定される[6]。
沈み込み帯での大きな地震は以前にも観測されている。前回の大きな地震は1952年カムチャツカ地震で、マグニチュードMw8.8-9.0、震源地は2025年の地震の南東45 kmの地点であった[1]。この地震はカムチャツカ半島沿岸で大規模かつ破壊的な津波を引き起こした。この地震による断層破壊は、北はシプンスキー岬から南は温禰古丹島にかけて700×200 kmの区間で発生したと考えられている。多くの大規模な沈み込み地震とは異なり、1952年の地震では、最大の断層運動が海溝付近ではなく、より深部で発生した。断層の動きは最大で40 km、約60-80 kmの深さに及ぶと推定されている。海溝付近ではほとんど滑りが生じておらず、溝が固定されたまま、弾性エネルギーが解放されず、蓄積したとされる[7]。さらに、1737年により大きな地震が発生しており、Mw9.3と推定された。旅行者の記録や、津波堆積物の調査によると、この地震により高さ63 mの津波が発生していた[8]。
Yagi et al. (2025)[9]は、DPDI法を用いて本地震の破壊過程を解析し、1952年の地震との比較検討を行った。その結果、本地震の震源域・すべり分布は1952年地震とほぼ一致する結果が得られた。また、本地震の震源域南西部ではすべり量が9~12mであると推定され、1952年以降のプレート間相対運動量である約6mを大幅に上回るものであるとことが分かった。そのほか、大すべり領域では本震後に低角正断層型の余震が観測されており、プレート境界断層でダイナミックオーバーシュートが発生したと推定されている。これらの解析結果から、1952年地震ではそれまで蓄積していた大すべり領域の歪みが完全には解放されず、本地震によって完全に開放されたと解釈した。
地震
アメリカ合衆国地質調査所(USGS)によると、7月29日23時24分52秒(UTC、以下同)、Mw8.8の大規模な海底地震が発生した[1][10]。震源地はカムチャツカ半島の太平洋沿岸沖、ペトロパブロフスク・カムチャツキーの東南東約126 kmであり、震源の深さは35.0 kmとされている[1]。イタリア国立地球物理学火山学研究所によると、地震の規模がMw8.6、震源の深さが35 km[11]、一方、オーストラリア地球科学機構によると、地震の規模がMw8.6、震源の深さが25 kmであった[12]。気象庁によれば、1900年以降に発生した地震の中では、1952年の地震は2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)と並び4番目、今回2025年の地震はそれに次ぐ6番目だという[13]。
2024年8月17日、本震の震源地から北東約45 kmの地点で、Mw7.0の前震が発生した[14]。さらに、2025年7月20日、本震の震源地から南西約60 kmの地点で、Mw7.4の前震が発生した[15]。7月30日0時9分には、Mw6.9の余震が発生した[16]。
USGSによると、この地震は沈み込み帯の境界における浅い逆断層運動によって発生した。境界面で断層運動が生じた領域を390×140 kmと推定している。この断層破壊は、1952年の地震とほぼ同じ範囲・規模で発生したとする説[17]と、1923年2月カムチャツカ地震と1952年カムチャツカ地震の破壊域の間の地震空白域で発生したとする説とがある。USGSが発表した有限断層モデルでは、断層運動は約600×200 kmの沈み込み帯区間に及んだとされる。破壊の大部分は、震源から千島列島にかけて、沈み込み帯に沿って南西方向に約500 kmに及んでいる。主な滑りは海溝付近および震源地の南西で楕円形の領域で発生し、最大で39.3 mに達した[1]。ジオ・スコープは、破壊が沈み込み帯で180秒以上続いたと推定した[18]。USGSは地震の継続時間は約230秒と推定した[1]。
プレート境界で起こる巨大な「逆断層型」の地震は、時間とともにひずみを貯めこみ一定の限度に達したところで起きるという考え方だったが、今回地震が1952年の地震と同じ範囲で起きたのであれば、起こるのはせいぜい数百年に一度との予想より非常に短い期間で起きたことになり、政府の南海トラフ巨大地震の発生予測にも採用されている「時間予測モデル」の妥当性にも影響することになるため研究者を驚かせ、とくに1952年地震の震源域をめぐって異論も出るなど[17]、当惑させている[19][13]。
日本では、北海道東部で最大震度2の揺れを観測したほか、青森県・岩手県・宮城県・山形県・山梨県・長野県・岐阜県・鳥取県・岡山県・佐賀県・鹿児島県の計12道県で震度1の揺れを観測した[20]。
津波
ロシア連邦
カムチャツカ半島の南東に位置する幌筵島のセベロクリリスクで3-4 mの津波を観測した[21]。また、カムチャツカ半島と千島列島の複数の地点で5-6 mの津波を目視で観測した他、数少ないロシア極東の自動観測地点で1 mの津波を観測した[22]。
日本

当初気象庁はこの地震のマグニチュードを8.0と判断し、地震発生12分後の8時37分(日本時間、以下同)に最大1 mの津波が到達するとして津波注意報を発表した[23]。その後震源要素の訂正によりマグニチュードを8.7に更新した[注釈 2]ことから地震発生から1時間15分後、津波注意報発表から1時間3分後の9時40分に北海道から和歌山県までの太平洋沿岸[注釈 3]を最大3 mまでの津波が到達するとして津波警報に切り替え、その他太平洋沿岸など[注釈 4]に津波注意報を発表した[23][25]。
津波は10時30分の北海道根室市花咲[23]から日本の各地に順次到達、岩手県久慈市の久慈港では13時52分に日本全国で最も高い1.3 m(後に1.4 mに修正)[24]、宮城県仙台市の仙台港では23時20分に0.9 m、北海道根室市花咲では14時57分に0.8 m、宮城県石巻市の石巻港では14時23分に0.7 mの津波を観測した[26][27][28]。各地で数時間から20時間以上たって最大波が観測された[17]。発生した津波は第一波が2時間半後に北海道に到着、本州にも到達していく。他に広がっていた津波は、千島列島、アリューシャン列島にぶつかって反射、それらが重なり合っていった[17]。特に天皇海山列と呼ばれる海底山脈にぶつかった波は、5時間半後に三陸沖に到達、他の波と重なり合って最大津波となったと考えられている[17]。
津波警報及び注意報は7月31日までに解除されたが、その後も南米大陸から反射した津波が日本沿岸に届いたことから、気象庁は8月1日にも津波予報(若干の海面変動)を発表。海面変動は3日間程度続いた[29][30][31]。
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国ハワイ州ではマウイ島カフルイで1.74 m[27]、ハワイ島ヒロで1.5 m、オアフ島ハレイワで1.2 mの津波を観測した[27]。また、西海岸のカリフォルニア州でも約1.13 mの津波を観測した[32]。
インドネシア
インドネシアでは東部パプア州ジャヤプラで16時14分(インドネシア東部時間、日本時間と同じ)に約0.2 mの津波を観測し、その6分後には同州サルミとソロンでも約0.1 mの津波を観測した[33]。
フランス領ポリネシア
フランス領ポリネシアではマルケサス諸島ヌクヒバ島で約1.5 mの津波を観測した[34]。
エクアドル
チリ
被害
カムチャツカ半島では、少なくとも4人が負傷した[37]。半島の中心都市であるペトロパブロフスク・カムチャツキーでは、停電や携帯電話のシステム障害が報告された[38][39]。また、同市内では幼稚園の建物の外壁が崩壊し、複数の医療・社会福祉施設の壁に亀裂が入った[40]。エリゾヴォ空港ではターミナルの天井が崩壊し、1人が負傷した[41]。サハリン州では、複数の建物の換気扇やストーブの配管が破壊された[42]。
千島列島の占守島では、島に滞在している歴史調査団のテント村が津波に流された[21]。幌筵島では、この地震により島内にある煙突の90 %が崩壊した[43]。その後、町にある港が浸水し、水産加工場が流された[44][21]。ロシア連邦政府は、津波の被害を受けた島々に対し、非常事態宣言を発令した[45]。元々町自体は港の近くにあったが、1952年に発生した地震の津波で町が壊滅状態となったため、連邦政府は内陸の高台に町を再建し、港が残った[46][47]。その後、北クリル管区にも非常事態宣言が発令され、2,700人が避難した[48]。そのため、両島では人的被害が報告されなかった[21]。またサハリン州では、この地震により電力網が損傷し、停電が発生した[49]。
日本では三重県熊野市において、津波警報を受けて自動車を高台に退避させようとしていた58歳の女性が、車ごと崖から転落して死亡した[50]。