カメラ毎日が創刊された1950年代は、「アサヒカメラ」「日本カメラ」以外にも「サンケイカメラ」など多くの雑誌が創刊され空前のカメラ雑誌ブームであった。創刊時にロバート・キャパを招待したが、他誌との違いはそれほど見られなかった。しかし1960年代はじめになるとライトパブリシティなどの広告代理店の写真部に属す若い広告写真家(横須賀功光、高梨豊、立木義浩、篠山紀信、沢渡朔など)の作品を掲載するようになった。
こうした流れの中で生まれたのが1965年4月号に掲載された立木義浩の「舌出し天使」である。全56ページ、構成 和田誠、 詩 寺山修司、解説 草森紳一という写真集のような構成であった。この他にも1966年1月号では高梨豊の「東京人」、1965年11月号では奈良原一高の「静止した時間」など日本写真史に残る、30ページ以上の大特集を組んだ。
その後は掲載される写真の傾向が大きく変化し、森山大道や中平卓馬の「アレ・ブレ・ボケ」写真、牛腸茂雄らの「コンポラ写真」などが掲載されるようになった。他に柳沢信、新倉孝雄、須田一政、鈴木清などが活動した。
こうした「アレ・ブレ・ボケ」や「コンポラ写真」はアマチュア写真家に大きな影響を与えた。1977年1月号からは自由公募ページ「アルバム」欄が始まり、鬼海弘雄などがここから登場した。