カラハリ砂漠 (映画)

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カラハリ砂漠』(からはりさばく、原題:Sands of the Kalahari)は、ウィリアム・マルヴィヒル英語版の1960年の小説『The Sands of Kalahari』を基に、スチュアート・ホイットマンスタンリー・ベイカー英語版スザンナ・ヨークハリー・アンドリュースセオドア・ビケルナイジェル・ダヴェンポートが出演した1965年のイギリスの冒険映画[1]サイ・エンドフィールドが脚本と監督を務めた。また、脚本にはマルヴィヒルもかかわっているが、クレジットされていない。撮影は南西アフリカ(現ナミビア)とスペインで行われ、パラマウント・ピクチャーズによって公開された。

飛行機事故により、荒涼とした山間部の砂漠地帯(現代のナミビア辺り)に事故の生存者たちがとり残されてしまう。ブライアン・オブライエン(スチュアート・ホイットマン)は猛獣ハンターであり、グループの中で最も優れたサバイバル能力を持っていた。飛行機が墜落して搭乗客たちが着の身着のままで脱出するなか、彼は命がけで燃え盛る飛行機に再び乗り込み、猟銃を含む重要な物資を回収したが、その動機は決して高潔なものではなかった。自分ひとりの方が生き残るチャンスが増えると考えた彼は、生存者を一人ずつ殺し、「アダム」としての自分の「イヴ」となるグレース・モンクトン(スザンナ・ヨーク)だけを生き残らせようとする。

オブライエンの裏切りに加えて、生存者たちはこの地域に生息するヒヒの群れに脅かされていた。最初は遠くから大声で叫んでいたヒヒは、人間が武器を持っていれば脅威になることに気付き、次第に攻撃的になっていく。

オブライエンが計画を実行に移す前に、彼が銃を突きつけて砂漠に追いやった仲間の1人が救助隊を連れて戻ってくる。残った生存者はヘリコプターで脱出するが、オブライエンは、文明社会に戻れば殺人罪で起訴されることを承知の上で、残ることを選ぶ。

オブライエンが唯一の人間となったことで、ヒヒはより好戦的になっていく。最初のうちはライフルで彼らを抑え込んでいたが、弾薬が尽きると、オブライエンは大胆にも群れの雄であるアルファに戦いを挑み、素手で殺すことに成功する。

映画のラストショットでは、残ったヒヒがオブライエンを取り囲み、不吉な足取りで彼に向かってくる。

キャスト

※日本語吹替:テレビ版・初回放送1975年3月24日 TBS月曜ロードショー

製作

ジョーゼフ・E・レヴィーンは、『ズール戦争』(1963年)の成功を受けて、スタンリー・ベイカー英語版サイ・エンドフィールド英語版に、アフリカを舞台にした映画をもう一度作らせたいと考えていた。彼らは当初、ウィルバー・スミスのデビュー作『When the Lion Feeds』を映画化する計画を発表したが、最終的にはウィリアム・マルヴィヒルの『The Sands of Kalahari』の映画化を決定した。ベイカーは、幼なじみのリチャード・バートンに妻のエリザベス・テイラーと一緒に出演するように説得したが、テイラーはアフリカでの撮影に消極的で、レヴィーンが支払う気にならないほどの出演料を要求した。

結局、バートンが出演を辞退し、代わりにジョージ・ペパードスザンナ・ヨークが起用された[2] [3]。しかし、撮影開始直後、ペパードは(おそらく『ブルー・マックス』のために)本プロジェクトから離脱し、急遽スチュアート・ホイットマンが代役として立てられた[4] [5]

撮影

本作はカラハリ砂漠でロケを行い、ロンドンのシェパートン・スタジオ英語版でスタジオ作業が行われた[6]

参照

出典

外部リンク

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