カロリーネ・ツー・ヴァルデック=ピルモント
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カロリーネ・ルイーゼ・ツー・ヴァルデック・ウント・ピルモント(Karoline Louise zu Waldeck und Pyrmont, 1748年8月14日 アーロルゼン - 1782年8月18日 ローザンヌ)は、ドイツの小諸侯ヴァルデック家の侯女。クールラント公爵夫人。
ヴァルデック=ピルモント侯カール・アウグスト・フリードリヒと、その妻でプファルツ=ビルケンフェルト=ツヴァイブリュッケン公クリスティアン3世の娘であるクリスティアーネ・ヘンリエッテの間の第5子・長女。1歳年長の兄ゲオルクの子孫がヴァルデック侯家として続き、3歳年下の妹ルイーゼはナッサウ=ウジンゲン侯フリードリヒ・アウグストに嫁いだ。
1765年10月15日にクールラント・ゼムガレン公国の統治者エルンスト・ヨハン・フォン・ビロンの長男で公世子のペーター・フォン・ビロンと結婚。1769年夫は公国元首となるが、夫婦仲は険悪で、カロリーネは酩酊時のビロンから家庭内暴力を受けていた。カロリーネは1766年11月16日の男児を出産したが死産に終わり、以後は子を授からなかった[1]。2人は1772年に離婚し、カロリーネはクールラントを去った。