カンアキトシ
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10歳の時に歌手になりたいと思い、地方のテレビ局やコンテストに多数出場。レコード店で見つけた猪俣公章のオーディションを受け、猪俣の勧めで地元でボイストレーニングを受けることになる[1]。16歳の時に猪俣の弟子になりたいと親に申し出るが、猪俣はその後すぐに死去する。
中学生の時、英語弁論に出る予定だったはず弁論内容を国語の先生が気に入り、日本語にてNHK「青年の主張」に出演。準優勝する。英語弁論も両方出場。高校では文藝春秋「文の甲子園」に応募、予選通過など、当時より歌を歌う事、詩を書く事や文章を書く事が好きだった。
15歳より作詞・作曲を始め、デモテープを作るようになる。 16歳の時に組んだバンドでヤマハTEENS' MUSIC FESTIVAL地区予選に出場。敢闘賞を受賞している。[要出典]
大学進学を機に東京へ上京。米米CLUBのジェームス小野田主宰のミュージカル「ウルトラバロック」に出演した。渡辺美里のアレンジャーでもある奈良部匠平と知り合い、後の自身のミニ・アルバム「ALWAYS BE YOUR LOVE」のプロデューサーに迎えた。[1]
DJクラブシーンにてDJ高宮永徹・紀徹率いるReggae Disco Rockers、Little Big Beeなどに参加、元JAGATARA OTO率いるマッシュルーム・ヘッドなどにヴォーカルとして参加した。[1]
ゲストヴォーカル、コーラス参加等を経て1998年、ラストラム・ミュージックエンタテインメントよりR&Bシンガーとしてソロデビュー[2]。ミニアルバム、シングル、アナログ発表後、渡米した。
アメリカ滞在中、グレック・デリー(メアリー・J. ブライジ、ディアンジェロのボイストレーナー)の下でボイスレッスンを受け[要出典]、帰国後、ボイストレーナーとしても活動した。
enjeu名義にてセルフプロデュース・ユニットentrangeiroに参加した。代々木アニメーション学院音楽学部の非常勤講師を務める。
フランスのFM、AFLO-WAVEにてestrangeiroの楽曲がオンエアされた。
2003年、日本ソムリエ協会ソムリエを取得した。2006年頃よりソムリエとしてシャンパーニュを主とする普及活動を行う。2014年、シャンパーニュ騎士団シュヴァリエに叙任。2018年、シャンパーニュ騎士団オフィシエに叙任。[要出典]
ディスコグラフィ
カンアキトシ名義
マキシシングル
- たえまなく愛は眠らない(1998年4月25日、smooth、LASCD-0009)
- 元気を出して(1999年4月10日、smooth、LASCD-0013)
ミニアルバム
- Always Be Your Love(1998年6月25日、smooth、LACD-0007)
その他
- 2nd VINYL(12インチアナログ盤)
- Always Be Your Love Remixies(1999年4月、LANP-1007)
- Club Japan Vol.2 '99
- Soulful Divas(1999年4月23日、Hinomaru Records、ABCD-5)
- Phoenix rising(feat.GOMESS) (2022年7月7日 Carameliser 配信)
- Phoenix flying(feat.A_liyah) (2023年7月7日 Carameliser配信)
enjeu名義
- INTRODUCTION(2004年11月19日、CARAMELISER、CARA-0001)
- ESTRANGEIRO(2005年8月10日、VIBES DISC、VYCL-1004)セルフプロデュース・ユニット
主な参加作品
- LOVE LITE presents CLUB CHRISMAS(V.A DJ TAKAMIYA SOUL VIBRATION CREW、高宮永徹ユニットヴォーカル参加、ポニーキャニオン、PCCA-00826)
- Reggae Disco Rockers(ゲストヴォーカル参加)
- World Needs Love(P-Vine records、PCD-4504)
- memories(P-Vine records、PCD-4506)
- PENETRATION(NAKED ARTZ、ヴォーカル参加、BMG JAPAN、PVCP-8602)
- Soup up(V.A Little Big Bee、ヴォーカル参加、東芝EMI、TOCT-9441)
- estrangeiro(ヴォーカル参加)
- Color primitivo(Happiness Records、HRCD-003)
- TOKYO BOSA NOVA(Happiness Records)