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カーリング (競走馬)

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性別 牝
生誕 1992年2月17日(34歳)
カーリング
吉田照哉の勝負服(欧州)
品種 サラブレッド
性別 牝
毛色 栗毛
生誕 1992年2月17日(34歳)
死没 不明
父 Garde Royale
母 Corraleja
母の父 Carvin
生国 フランスの旗 フランス
生産者 J.Belbart
馬主 吉田照哉
調教師 コリーヌ ・バルブ(フランス)
競走成績
生涯成績 18戦6勝(総合)
1戦0勝(中央競馬)
獲得賞金 0円(中央競馬)
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カーリング (Carling) はフランスの競走馬、社台ファームで繋養されている繁殖牝馬である。

競走馬時代

2歳時の1994年に競走馬デビューを迎え、デビュー戦で初勝利を挙げた。次走も勝利し、重賞競走初挑戦となったレゼルヴワール賞 (G3) ではマティアラを相手にレースを制して重賞競走初勝利を挙げて2歳を終えた。

3歳時の1995年は、休養を終えての実戦復帰戦となったグロット賞 (G3) でマティアラに敗れて3着となりデビュー戦以来の連勝が3でストップとなった。続くG1競走初挑戦となったプール・デッセ・デ・プーリッシュではティエリ・テュリエが初騎乗したが、またもマティアラに敗れてハナ差で2着となる。以降引退するまでテュリエが騎乗することになる。そして次のディアヌ賞では、2着となったマティアラをクビ差上回り、G1競走初勝利を挙げた。その後8月のジャックルマロワ賞では9着となるが、次のヴェルメイユ賞を制してG1競走2勝目を挙げた。そして次は凱旋門賞に挑むもののラムタラに敗れて9着、日本に遠征して中央競馬初出走となったジャパンカップでは11着という結果に終わり、帰国後休養に入った。

4歳時の1996年は、休養を終えての実戦復帰戦となったアルクール賞 (G2) では2着となったが、続くガネー賞とサンクルー大賞ではともに9着となりG1競走で連敗が続いたが、次のゴントービロン賞 (G3) を制して約1年ぶりの勝利を挙げた。その後はムーラン・ド・ロンシャン賞で5着、メゾンラフィットカップ (G3) で2着、カナダに遠征してE.P.テイラーステークスに出走して3着となった。

5歳時の1997年は、ドバイに遠征してドバイデューティーフリーに出走したが13着という結果に終わりこのレースを最後に競走馬を引退した。

繁殖牝馬時代

繁殖入り後はフランスで繋養され、初年度はレインボウクエストと交配されて、1998年に初産駒を出産し、この年はシングスピールと交配された。その後日本へ輸出されることになり、1999年より社台ファームで繋養されている。2002年はエルコンドルパサーと交配されたが不受胎だった。2007年、2008年はディープインパクトと交配された。2009年以降は不受胎が続き、2011年をもって繁殖牝馬を引退した[1]。

繁殖成績

誕生年馬名毛色父性厩舎馬主戦績出典
1998年ダービーカウンティ栗毛Rainbow Quest牡栗東・松元省一(有)サンデーレーシング4戦0勝(引退)[2]
1999年ローエングリン栗毛シングスピール牡美浦・伊藤正徳(有)社台レースホース48戦10勝(引退・種牡馬)[3]
2001年レゴラス黒鹿毛サンデーサイレンス牡美浦・加藤征弘15戦4勝(引退・種牡馬)[4]
2002年ブレーヴハート黒鹿毛牡吉田照哉38戦5勝(引退)[5]
2004年ホリデイオンアイス青鹿毛ダンスインザダーク牝美浦・加藤征弘
→船橋・川島正行
(有)社台レースホース8戦0勝(引退・繁殖)[6]
2005年チャイコフスキー青鹿毛シンボリクリスエス牡美浦・藤沢和雄山本英俊17戦3勝(引退)[7]
2008年リベルタス鹿毛ディープインパクト牡栗東・角居勝彦金子真人ホールディングス33戦5勝(引退)[8]
2009年エキストラエンド鹿毛牡(有)社台レースホース38戦6勝(引退・種牡馬)[9]

血統表

脚注

外部リンク

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