カーリング (競走馬)
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競走馬時代
2歳時の1994年に競走馬デビューを迎え、デビュー戦で初勝利を挙げた。次走も勝利し、重賞競走初挑戦となったレゼルヴワール賞 (G3) ではマティアラを相手にレースを制して重賞競走初勝利を挙げて2歳を終えた。
3歳時の1995年は、休養を終えての実戦復帰戦となったグロット賞 (G3) でマティアラに敗れて3着となりデビュー戦以来の連勝が3でストップとなった。続くG1競走初挑戦となったプール・デッセ・デ・プーリッシュではティエリ・テュリエが初騎乗したが、またもマティアラに敗れてハナ差で2着となる。以降引退するまでテュリエが騎乗することになる。そして次のディアヌ賞では、2着となったマティアラをクビ差上回り、G1競走初勝利を挙げた。その後8月のジャックルマロワ賞では9着となるが、次のヴェルメイユ賞を制してG1競走2勝目を挙げた。そして次は凱旋門賞に挑むもののラムタラに敗れて9着、日本に遠征して中央競馬初出走となったジャパンカップでは11着という結果に終わり、帰国後休養に入った。
4歳時の1996年は、休養を終えての実戦復帰戦となったアルクール賞 (G2) では2着となったが、続くガネー賞とサンクルー大賞ではともに9着となりG1競走で連敗が続いたが、次のゴントービロン賞 (G3) を制して約1年ぶりの勝利を挙げた。その後はムーラン・ド・ロンシャン賞で5着、メゾンラフィットカップ (G3) で2着、カナダに遠征してE.P.テイラーステークスに出走して3着となった。
5歳時の1997年は、ドバイに遠征してドバイデューティーフリーに出走したが13着という結果に終わりこのレースを最後に競走馬を引退した。
繁殖牝馬時代
繁殖入り後はフランスで繋養され、初年度はレインボウクエストと交配されて、1998年に初産駒を出産し、この年はシングスピールと交配された。その後日本へ輸出されることになり、1999年より社台ファームで繋養されている。2002年はエルコンドルパサーと交配されたが不受胎だった。2007年、2008年はディープインパクトと交配された。2009年以降は不受胎が続き、2011年をもって繁殖牝馬を引退した[1]。
繁殖成績
| 誕生年 | 馬名 | 毛色 | 父 | 性 | 厩舎 | 馬主 | 戦績 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1998年 | ダービーカウンティ | 栗毛 | Rainbow Quest | 牡 | 栗東・松元省一 | (有)サンデーレーシング | 4戦0勝(引退) | [2] |
| 1999年 | ローエングリン | 栗毛 | シングスピール | 牡 | 美浦・伊藤正徳 | (有)社台レースホース | 48戦10勝(引退・種牡馬) | [3] |
| 2001年 | レゴラス | 黒鹿毛 | サンデーサイレンス | 牡 | 美浦・加藤征弘 | 15戦4勝(引退・種牡馬) | [4] | |
| 2002年 | ブレーヴハート | 黒鹿毛 | 牡 | 吉田照哉 | 38戦5勝(引退) | [5] | ||
| 2004年 | ホリデイオンアイス | 青鹿毛 | ダンスインザダーク | 牝 | 美浦・加藤征弘 →船橋・川島正行 | (有)社台レースホース | 8戦0勝(引退・繁殖) | [6] |
| 2005年 | チャイコフスキー | 青鹿毛 | シンボリクリスエス | 牡 | 美浦・藤沢和雄 | 山本英俊 | 17戦3勝(引退) | [7] |
| 2008年 | リベルタス | 鹿毛 | ディープインパクト | 牡 | 栗東・角居勝彦 | 金子真人ホールディングス | 33戦5勝(引退) | [8] |
| 2009年 | エキストラエンド | 鹿毛 | 牡 | (有)社台レースホース | 38戦6勝(引退・種牡馬) | [9] |