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シカンブル

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原語表記 Sicambre
性別 牡
シカンブル
原語表記 Sicambre
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 黒鹿毛
生誕 1948年
死没 1975年
父 Prince Bio
母 Sif
母の父 Rialto
生国 フランスの旗 フランス
生産者 Haras de Saint Pair du Mont
馬主 Jean Stern
調教師 Max Bonaventure
競走成績
生涯成績 9戦8勝 (8-1-0-0)
獲得賞金 35,020,242フラン
Timeform rating 135
勝ち鞍

グランクリテリウム (1950)
ギシュ賞 (1951)
グレフュール賞 (1951)
オカール賞 (1951)
ジョッケクルブ賞 (1951)

パリ大賞 (1951)
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シカンブル(欧字名:Sicambre、1948年 - 1975年)は、フランスの競走馬及び種牡馬。主な勝ち鞍にグランクリテリウム、ジョッケクルブ賞、パリ大賞など。

種牡馬としては1966年には仏リーディングサイアーに輝いたほか、日本でもカブラヤオーやタニノムーティエなど数多くの子孫が活躍した。

競走馬時代

シカンブルは1948年に馬主Jean SternのHaras de Saint Pair du Montで生まれ、Max Bonaventureのもとで調教されることとなった。父はプール・デッセ・デ・プーランの勝ち馬で、仏リーディングサイアーのプリンスビオである。牝系からは同期でプール・デッセ・デ・プーランに勝つFree Manやメジロティターンの母の父、つまりメジロ牧場の基礎牝馬の1頭シェリルの父として知られるスノッブが出ている。

2歳となった1950年、6月にルトランブレーのローナ賞(1000m)でデビュー勝ちすると、続く7月のメゾンラフィットのサルタム賞(1200m)も勝ち連勝を飾る。しかし、8月のドーヴィルのモルニ賞(1200m)ではSanguineを差しきれずに半馬身遅れて敗戦を喫した。その後、フランスの最重要2歳レースである10月のロンシャンのグランクリテリウム(1600m)ではロベールパパン賞の勝ち馬Pharsaleを首差抑えて1.41.16の勝時計で優勝した。

3歳となった1951年にはプール・デッセ・デ・プーランには向かわず、4月のギシュ賞(2000m)をLe Tyrolに6馬身差、グレフュール賞(2100m)をMat de Cocagneに2馬身差、5月のオカール賞(2400m)をルヴァンに3馬身差とロンシャンの中距離重賞を3連勝して、フランスのダービーにあたるジョッケクルブ賞へと向かった。ジョッケクルブ賞(2400m)でもプール・デッセ・デ・プーラン優勝のFree Manに1馬身をつけて2.35.1の勝時計で優勝すると、パリ大賞(3000m)でもラヴァンダンの全兄Lavaredeに首差で3.29.4の勝時計で優勝し、この年のタイムフォームレイティングでは135のレイティングを得た。

種牡馬時代

競走馬引退後の1952年にサンペールデュモン牧場(Haras de Saint Pair du Mont)で種牡馬となり、1975年に27歳で亡くなるまでJean Sternのもとを離れなかった。種牡馬成績も優秀で、特に4頭の欧州オークス馬を輩出するなどクラシックに強く、1966年には仏リーディングサイアーに輝いた。

また、母の父としてもダービー馬シーバードやクリスタルパレスなどを輩出している。セルティックアッシュ、ファラモンド、シーフュリュー、ムーティエ、ダイアトムらの産駒は日本に種牡馬として輸出され、カブラヤオー、アサデンコウ、タニノムーティエ、ニホンピロムーテー 、カミノテシオ、クシロキングなどが活躍した。

主な産駒

血統表

外部リンク

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