カール (ヘッセン=ヴァンフリート方伯)
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死去
1711年3月3日(61歳没)
ランゲンシュヴァルバッハ
ランゲンシュヴァルバッハ
配偶者
ゾフィー・マグダレーネ・フォン・ザルム=ライファーシャイト
| カール・フォン・ヘッセン=ヴァンフリート Karl von Hessen-Wanfried | |
|---|---|
| ヘッセン=ヴァンフリート方伯 | |
| 在位 | 1676年 - 1711年 |
| 出生 |
1649年7月19日 ラインフェルス城 |
| 死去 |
1711年3月3日(61歳没) ランゲンシュヴァルバッハ |
| 配偶者 | ゾフィー・マグダレーネ・フォン・ザルム=ライファーシャイト |
| アレクサンドリーネ・ユリアーネ・フォン・ライニンゲン=ダークスブルク | |
| 子女 | 一覧参照 |
| 家名 | ヘッセン=カッセル家 |
| 父親 | ヘッセン=ラインフェルス=ローテンブルク方伯エルンスト1世 |
| 母親 | マリー・エレオノーレ・フォン・ゾルムス=リッヒ |
カール(Karl von Hessen-Wanfried, 1649年7月19日 - 1711年3月3日)は、ドイツのヘッセン=ヴァンフリート方伯(在位:1676年 - 1711年)。
ヘッセン=ラインフェルス=ローテンブルク方伯エルンスト1世とその妻でゾルムス=リッヒ伯フィリップ1世の娘であるマリー・エレオノーレの間の次男として生まれた。兄はヘッセン=ローテンブルク方伯ヴィルヘルム1世である。
1676年、ヘッセン=カッセル方伯領の4分の1の領域にあたる分封領「ローテンブルガー・クヴァルト」の相続協定により、その分領の1つヘッセン=エシュヴェーゲ方伯領を与えられた。そしてヴァンフリートを宮廷所在地とし、ヘッセン家のカトリック系の分流ヘッセン=ヴァンフリート方伯家を創始した。彼は居城としてヴァンフリート城を築かせた。エシュヴェーゲに建つ方伯の居城エシュヴェーゲ城は、ブラウンシュヴァイク=ベーヴァーン公爵家に抵当物件として譲渡された。
ザルム=ライファーシャイト伯エーリヒ・アドルフの娘ゾフィー・マグダレーネと最初の結婚をしたが、彼女は1675年ヴェネツィア滞在中に死去した。1678年6月4日、ライニンゲン=ダークスブルク伯エンリコの娘でヘッセン=イッター方伯ゲオルクの未亡人であるアレクサンドリーネ・ユリアーネと再婚した。後妻も1703年4月19日に夫に先立って死去し、ヴァンフリート方伯家のヒュルフェンスベルク(Hülfensberg)霊廟に埋葬されている。
後継者となった2人の息子がいずれも子を授からなかったため、ヴァンフリート方伯家は1755年に途絶えた。