ガモウひろし
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1984年に『根暗仮面』で第21回赤塚賞佳作に選ばれる。埼玉県在住の2名の男性の合作で、その時に用いられたペンネームを1名が引き継ぎ、現在に至る。
1985年大学4年7月に月刊誌『フレッシュジャンプ[2]』にて『臨機応変マン』でデビュー。自身のライフワーク的作品。以降、ヒーローを主人公としたギャグ漫画を多く残す。
1987年『フレッシュジャンプ』にて『スーパーボーヤケンちゃん』を連載。
1990年週刊少年ジャンプ18号に特別読切『トラブル昆虫記』を掲載。
1993年から1997年にかけて、『週刊少年ジャンプ』にて『とっても!ラッキーマン』を連載。自身最長の連載(全188話、単行本16巻)となり、アニメ化やゲーム化もされ名実ともに代表作となった。『とっても!ラッキーマン』の連載前2年間は、生活のため無遅刻無欠勤でサラリーマンを続けていた[3]。
1998年に『ぼくは少年探偵ダン♪♪』、2000年に『バカバカしいの!』を『週刊少年ジャンプ』に連載するが、いずれも半年以内の短期連載に終わる。
2003年、「mangaオモ!」(集英社)にて『キューボ戦隊オモレンジャー』(6P)を掲載[4]。
2008年、わくわくキッズブックシリーズ(集英社)として、絵本『でたぁーっ わんつーぱんつくん』を刊行。
2009年、『ラッキーマン』の文庫本が刊行。新たに描き下ろしとあとがきが追加されている。さらに、読み切り版『ラッキーマン』や『少年探偵ダン』などが収録された『ガモウひろし 寄せ集め』集の2冊が刊行された。
2010年、当初昨年度内と発表されていた『寄せ集め』第3巻が刊行予定であるとアナウンスされていた。表紙は読者募集のものとなる予定であった。しかし、集英社コミック文庫より2015年5月現在発売の予定はないと発表された[5]。
人物
越谷市内に実在する「蒲生」という地名がペンネームの由来とされる。ガモウの家は、越谷レイクタウンにかなり近いところにある[6]。
本名は非公表だが、ニックネームが「てっちゃん」であることは公表している[7]。2人の子供がいる。
1970 - 80年代のジャニーズに詳しく、特にシブがき隊の歌に関するネタが頻繁に登場する。
「ジャンプで一番絵が下手」と言われたガモウだったが、それについてガモウは「絵はうまいにこしたことはないが、漫画に大切なのは愛です」と発言している。
『ラッキーマン』の連載当時は、他の人気連載漫画には敵わぬと自覚しながらも「ガモウのくせに」という言葉を励みにして、手を抜かず必死に描いていたことを告白している[8]。
2009年現在の活動は公式には『ぱんつくん』の出版と『ラッキーマン』の文庫本発売のみであるが、「どうやって生計をつないでいるのか」について、前記のそれらの活動以外を「一番聞いてはいけないこと」と、やんわりと述べている[9]。
長らく愛煙家であったが、最近は節煙に努め1日4箱以上だったのが2箱以下になったという[6]。
お笑いコンビ・はんにゃの金田哲に人志松本の○○な話にて『ラッキーマン』を紹介されていることを目の当たりにしたガモウは、「好きだと言ってくれている」人が「世の中にはもっとたくさんいるのだろう」と思い「描いててよかった」と涙した[3]。
公式発表がされていないため噂や臆測の域を脱するものではないが、後年、週刊少年ジャンプに 『DEATH NOTE』、『バクマン。』 を連載していた、漫画家の大場つぐみの正体がガモウひろしであるとの説が様々な場所で挙げられている[10]。