ガラド・アブディカニ・ガラド・ジャマ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| Garad Abdiqani Garad Jama | |
|---|---|
|
2004年の写真 | |
デュルバハンテのガラド(族長) | |
|
在位期間 1985年 - 2006年(死去) | |
| 先代 | ガラド・アリ・ガラド・ジャマ |
| 次代 | ガラド・ジャマ・ガラド・アリ |
| 出生 |
1935年 ラス・アノド |
| 死亡 |
2006年2月9日 ジブチ |
| 信仰 | ムスリム |
ガラド・アブディカニ・ガラド・ジャマ (Garad Abdiqani Garad Jama, ソマリ語: Garaad Cabdiqani Garaad Jaamac、1935年 - 2006年2月9日)は、ソマリ人のデュルバハンテ氏族のファラー・ガラド支族の族長[1]:47。デュルバハンテ氏族全体の最高位とされることもある。「ガラド」は称号であり、称号を除いた名前はアブディカニ・ジャマ(ジャマの息子アブディカニ)。
ソマリア内戦が始まったころに族長となり、1991年のソマリランドの独立に際してソマリランドの主要氏族イサックに協力したが、独立後はソマリランド政府と距離を置くようになった。
「ガラド(Garaad)」は氏族の長を表す称号である。同様の称号として、スルタン、ウガースがある。この3つの称号に明確な上下は無い。デュルバハンテ氏族のガラド/スルタン/ウガースは、1991年には4人であり、ガラド・アブディカニもこの一人。2004年には氏族の分裂などにより14人に増えた[2]:20。
ソマリランド独立当時、ガラド・アブディカニとガラド・サレバンがデュルバハンテ氏族の2大族長だったが、独立協定に署名したのがガラド・アブディカニだけであり、ガラド・アブディカニが「デュルバハンテ氏族代表」として署名したため、ソマリランド政府はガラド・アブディカニを当時のデュルバハンテ全体の族長とみなしている[2]:18。
