ガーハード・ワインバーグ
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ハノーファーのユダヤ系ドイツ人家庭に生まれる。ナチス政権の台頭後の1938年、家族と共に英国に移住。1941年アメリカ合衆国ニューヨークに移住する。米国の市民権を取得し、米陸軍に入隊。1946年から47年まで兵士として日本に進駐する。除隊後、ニューヨーク州立教育カレッジ(現在のニューヨーク州立大学オールバニ校)を1948年に卒業。その後、シカゴ大学大学院歴史学部に進学する。シカゴでは自らと同じ亡命ユダヤ系ドイツ人のハンス・ロートフェルスに師事し、ドイツ外交史を専攻、1949年に修士を修了し、1939-41年までの独ソ関係史についての研究で1951年に博士の学位を取得する。
博士学位取得後は研究者・教員として働く一方、連合軍がドイツから捕獲・押収した文書を整理・編纂するコロンビア大学戦時文書収集(War Documentation)プロジェクトのリサーチ・アナリスト(1951-54年)、アメリカ歴史学会捕獲ドイツ文書マイクロフィルム化プロジェクト・ディレクター(1956-57年)を務める。これらの資料整理作業中だった1958年に、アドルフ・ヒトラー関係文書群から草稿に終わったヒトラーの口述筆記原稿、いわゆる『ヒトラー第二の書』を発見している。『第二の書』はワインバーグの編集で1961年に独語版、2003年に英語版が刊行され、2004年には日本語版が刊行されている。
1957年からはケンタッキー大学の助教授(-1959年)を務め、1959年からはミシガン大学に移籍し、准教授・教授を歴任した。1974年からはノースカロライナ大学チャペルヒル校のウィリアム・ケナン2世記念講座教授を務め、1999年に退職した。
1996年から98年までアメリカ・ドイツ研究学会(German Studies Association)会長を務めた。1999年ドイツ連邦共和国功労勲章一等功労十字章受章。