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キッド・ガラハド

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本名 アブドゥル・バリー・アワド
身長 169cm
リーチ 170cm
キッド・ガラハド
基本情報
本名 アブドゥル・バリー・アワド
階級 ライト級
身長 169cm
リーチ 170cm
国籍 イギリスの旗 イギリス
誕生日 (1990-03-03) 1990年3月3日(35歳)
出身地 カタールの旗 カタールドーハ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 31
勝ち 28
KO勝ち 17
敗け 3
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キッド・ガラハド(Kid Galahad、1990年3月3日 - )は、イギリスのプロボクサー。カタールのドーハ出身。本名アブドゥル・バリー・アワド。元IBF世界フェザー級王者。

人物

カタールのドーハにて、イエメン人の両親のもとに生まれる。カタール軍に属していた父親が湾岸戦争終結後に解放された後、幼少時に両親とともにイングランドのリヴァプールへと移住し、12歳の時にシェフィールドへ引っ越した[1]。

ボクシングは13歳の時にナジーム・ハメドのトレーナーであったブレンダン・イングルの元で始めた。これは当時ガラハドがモスクで憧れのハメドに偶然出会った際、世界王者になりたいと言ったところ、彼からイングルのジムに行くことを直接勧められたことがきっかけである[1]。キッド・ガラハドというリングネームはイングルによって付けられたものであり、1962年のエルヴィス・プレスリー主演の同名映画から取っている[2]。

バンタム級

2009年9月5日、ワトフォードにてバンタム級でプロデビュー戦を行い、判定勝ちを収めた[3]。

スーパーバンタム級

2012年2月18日、ロザラムのマグナ・サイエンス・アドベンチャー・センター(英語版)でジェイソン・ブース(英語版)とWBCインターナショナルスーパーバンタム級王座決定戦を行い、12回3-0(120-109、118-111、118-110)の判定勝ちを収め王座を獲得した[4]。

2012年5月12日、シェフィールドのヒルズボロ・レジャー・センター(英語版)でジョシュ・ウェイル(英語版)とWBCインターナショナルスーパーバンタム級タイトルマッチを行い、9回終了時ドクターストップによるTKO勝ちを収め初防衛に成功した[5]。

2013年9月14日、ロザラムのマグナ・サイエンス・アドベンチャー・センターでジェームズ・ディケンズ(英語版)とBBBofC英国スーパーバンタム級王座決定戦を行い、10回1分34秒TKO勝ちを収め王座を獲得した[6]。

2014年3月22日、シェフィールドのポンズ・フォージ(英語版)でセルヒオ・プラドとEBU欧州スーパーバンタム級王座決定戦を行い、12回3-0(117-111、120-108、118-110)の判定勝ちで王座を獲得した[7][8]。

2014年5月10日、シェフィールドのポンズ・フォージでフレッド・ムンドレイビーとコモンウェルス英連邦スーパーバンタム級王座決定戦を行い、ムンドレイビーが4回終了時に棄権した為TKO勝ちを収め王座を獲得した[9]。

2014年9月20日、シェフィールドのポンズ・フォージでアデイルソン・ドス・サントスとIBFユーススーパーバンタム級王座決定戦を行い、12回3-0(119-107、120-105、117-109)の判定勝ちを収め王座を獲得した[10]。

2015年5月、薬物検査で禁止薬物のアナボリックステロイドの一種であるスタノゾロールが検出されたため、イギリスアンチ・ドーピング機関(UKAD)により2年の資格停止処分を受けた。ガラハドは、兄弟間の諍いを理由に兄のマジードが自分のプロテインシェーカーにステロイドを盛ったのだとして潔白を主張し、マジード本人も弟のガラハドが自分に10,000ポンドを貸してくれなかったからやったと自白したが、UKADはガラハドの言い分を聞き入れず処分を取り消すことはしなかった[11][12][13]。

2016年3月、本来であれば前戦から2年後となる2016年9月まではリングに上がれないはずだったが、弁護団の上訴により処分が6か月短縮し、UKADからも復帰の許可が下りた[14]。

ライト級

2016年4月30日、ウィガンのDWスタジアムでシマス・ボロシナスとライト級6回戦を行い、4回TKO勝ちを収め約1年5カ月ぶりの復帰戦を勝利で飾った[15]。

フェザー級

2017年7月15日、ウェンブリーのウェンブリー・アリーナでホセ・カイエターノとIBFインターコンチネンタルフェザー級王座決定戦を行い、10回TKO勝ちを収め王座を獲得した[16]。

2018年10月20日、ボストンのTDガーデンでトカ・カーン・クレイリーとIBF世界フェザー級挑戦者決定戦を行い、12回3-0(118-110×2、115-113)の判定勝ちを収めジョシュ・ワーリントンへの挑戦権を獲得した[17]。

2019年6月15日、リーズのファースト・ダイレクト・アリーナ(英語版)でIBF世界フェザー級王者のジョシュ・ワーリントンと対戦し、12回1-2(113-116、115-113、112-116)の判定負けを喫し王座を獲得出来なかった[18][19]。

2020年2月8日、シェフィールドのシェフィールド・アリーナ(英語版)で元WBA世界フェザー級暫定王者のクラウディオ・マレロとIBF世界フェザー級挑戦者決定戦を行い、マレロが8回終了時に棄権した為TKO勝ちを収めジョシュ・ワーリントンへの再戦権を獲得した[20]。

2021年1月26日、ジョシュ・ワーリントンの王座返上に伴い、IBFによりIBF世界フェザー級1位のガラハドと同級3位のジェームズ・ディケンズの間でIBF世界フェザー級王座決定戦を行うよう指令が出され[21]、2月4日にIBF世界フェザー級王座決定戦の入札でMTKグローバルが落札したことが明らかにされた[22][23]。

2021年8月7日、ブレントウッドのマッチルーム・ボクシング本部でジェームズ・ディケンズとIBF世界フェザー級王座決定戦を行い、ディゲンズが11回終了時に棄権した為TKO勝ちを収め王座を獲得した[24][25]。

2021年8月9日、エディー・ハーンのマッチルーム・スポーツと契約した[26]。

2021年11月13日、シェフィールドで元IBF世界スーパーバンタム級王者でIBF世界フェザー級15位のキコ・マルチネスとIBF世界同級タイトルマッチを行うも、6回TKO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[27]。

ライト級復帰

2022年9月24日、ノッティンガムでIBO世界ライト級王者のマキシ・ヒューズとIBO世界同級タイトルマッチを行うも、12回0-2(111-117、113-114、114-114)の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[28]。

獲得タイトル

  • WBCインターナショナルスーパーバンタム級王座(防衛1)
  • BBBofC英国スーパーバンタム級王座
  • EBU欧州スーパーバンタム級王座
  • コモンウェルス英連邦スーパーバンタム級王座
  • IBF世界スーパーバンタム級ユース王座
  • IBFインターコンチネンタルフェザー級王座
  • IBF世界フェザー級王者(防衛0)

脚注

関連項目

外部リンク

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