キトロギア
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キトロギアは1929年,東京大学名誉教授藤井健次郎を初代編集長(編集主幹)として創刊された[2]。掲載する論文の言語は,英語,ドイツ語,フランス語に限られており,日本語の論文は認められなかった。名実ともに,我が国初の国際的な科学雑誌である。
藤井は24年間編集長を務め,数多くの優れた論文をキトロギアに掲載し,その国際化と発展に大きく貢献した。また,女性として日本初の理学博士となった保井コノ(お茶の水大学教授)が,庶務・会計面を担当し,藤井を補佐した。キトロギアの刊行は,実業家である和田豊治が創設した和田薫幸会が財政的援助を行い,現在まで続いている。
1953年から国際細胞学会がキトロギアの発行母体となり,1990年からは,日本メンデル協会がキトロギアの発行を担っている。編集長は,篠遠喜人,田中信徳,黒岩常祥,河野重行へと引き継がれ,現在は第6代目の日詰雅博が務めている。[3]
初期には,主に,細胞遺伝学分野の論文が掲載されていたが,現在では,細胞生物学,遺伝学(分子遺伝学や発生遺伝学,エピジェネティックスなど)や進化生物学など,生物科学の幅広い分野を取り扱っている。なお,論文の使用言語は,現在,英語に統一されている。