キム・ビーズリー
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| キム・ビーズリー Kim Christian Beazley | |
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| 生年月日 | 1948年12月14日(76歳) |
| 出生地 |
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| 所属政党 | オーストラリア労働党 |
| 在任期間 | 2018年5月1日 - 2022年6月30日 |
| 在任期間 | 1995年6月20日 - 1996年3月11日 |
| 首相 | ポール・キーティング |
| 在任期間 | 2010年2月17日 - 2016年1月22日 |
| 選挙区 |
スワン(1980–1996) ブランド (1996–2007) |
| 在任期間 |
1980年10月18日-1996年3月2日 1996年3月2日 - 2007年10月17日 |
| 在任期間 |
1996年3月19日-2001年11月22日 2005年1月28日 - 2006年12月4日 |
キム・クリスチャン・ビーズリー(英語: Kim Christian Beazley, AC、1948年12月14日 – )は、オーストラリアの政治家、外交官。
1980年に下院議員に当選。国防大臣などを歴任後、オーストラリア労働党党首(1996年 – 2001年、2005年4月 – 2006年12月)に選出。駐米大使などを歴任した後、西オーストラリア州総督(2018年 – 2022年)を務めた[1][2]。
生涯にわたりオーストラリア労働党員として活動。駐米大使退任後、アメリカから帰国後はパースのマードック大学で政治学講師を務めている[1]。
オーストラリアのパースにある名家の生まれ。父のキム・ビーズリー・シニアは1972年から75年までウィットラム政権で閣僚を務めた。西オーストラリア大学で文学修士号を取得。ローズ奨学金を得てオックスフォード大学へ留学し哲学博士号を取得している[1]。
1980年、スワン選挙区選出の議員としてオーストラリア議会下院議員に当選。
ポール・キーティング政権では、副首相と閣僚を務めた。1996年からオーストラリア労働党党首に選出。1998年、2001年の連邦議会選挙でジョン・ハワード率いる保守連合に敗れ、党首を辞任。
2005年、マーク・レイサムの政界引退後党首に再就任。2006年12月、ケビン・ラッドからの党首挑戦を受諾、連邦議員総会での党首選挙に敗れて退任。
2007年11月24日投票の連邦下院選挙には立候補せず、政界を引退した。
2009年7月から同年12月までオーストラリア戦争記念館評議会の評議員を務めた後、同職を退きアメリカ合衆国大使への任命を受け、駐米大使を2010年2月から2016年1月まで務める。[3]2018年5月1日より2022年7月15日まで西オーストラリア州総督。[4]