キャシー・オドネル
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| キャシー・オドネル Cathy O'Donnell | |
|---|---|
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キャシー・オドネル(1959年撮影) | |
| 本名 | アン・スティーリー |
| 生年月日 | 1923年7月6日 |
| 没年月日 | 1970年4月11日(46歳没) |
| 出生地 | アラバマ州シェルビー郡シルリア |
| 死没地 | カリフォルニア州ロサンゼルス |
| 国籍 |
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| 職業 | 舞台女優、映画女優、テレビ女優 |
| 活動期間 | 1945-1964年 |
| 配偶者 | ロバート・ワイラー |
| 主な作品 | |
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『我等の生涯の最良の年』 『夜の人々』 『ザ・ミニヴァー・ストーリー』 | |
キャシー・オドネル(Cathy O'Donnell、1923年7月6日 - 1970年4月11日)は、アメリカ合衆国の女優。主にフィルム・ノワールの女優として知られる。しかしながら、B級映画が多くを占めたために彼女自身は大きな成功を収めたとは考えなかった[1]。
2本のフィルム・ノワールで共演したファーリー・グレンジャーは回顧録の中でオドネルを「これまでに出会った人物の中でも特異な存在だった。愛らしく、恥ずかしがりやで、切なげで、優美であった」と評した[1]。
経歴
1945年にアン・スティーリーはサミュエル・ゴールドウィンに気に入られて彼と契約を交わし、キャシー・オドネルの名を与えられた[1]。同年に『天国と地獄』でノンクレジット「ナイトクラブのウェイター」でデビューを果たした[2]。
翌1946年に製作された『我等の生涯の最良の年』ではハロルド・ラッセルが演じる第二次世界大戦で両手切断患者になった退役軍人のホーマー・パリッシュの恋人、ウィルマ・キャメロンを演じた[3]。第9回アカデミー賞の選考でフレドリック・マーチは主演男優賞を受賞したが、彼自身はニューヨークに滞在していたために授与式には出席出来ず、まだデビューしたばかりのオドネルがマーチの代理としてオスカー像を受け取った[4]。1948年に出演した『夜の人々』で再び重要な役を任された[1]。
『ザ・ミニヴァー・ストーリー』(1950年、『ミニヴァー夫人』の続編)でミニヴァー夫人の娘ジュディを演じた[5]。『ララミーから来た男』(1955年)ではジェームズ・スチュワートが恋愛感情を抱く女性の役を演じた[6]。アカデミー作品賞受賞作となる『ベン・ハー』(1959年)がオドネルの最後の出演映画となった[2]。
テレビドラマ『ボナンザ』に1964年に出演したのを最後に表舞台から退き、平凡かつ快適な家庭生活を送るようになった[1]。
私生活と死
主な出演映画作品


| 製作年 | 邦題 原題 |
役名 |
|---|---|---|
| 1945 | 天国と地獄 Wonder Man | (ノンクレジット) |
| 1946 | 我等の生涯の最良の年 The Best Years of Our Lives | ウィルマ・キャメロン |
| 1947 | バリー・ミー・デッド Bury Me Dead | ラスティ |
| 1948 | 夜の人々 They Live by Night | キーチ |
| 霊界魔人ミスターX The Amazing Mr. X | ジャネット・バーク | |
| 1950 | ザ・ミニヴァー・ストーリー The Miniver Story | ジュディ・ミニヴァー |
| サイド・ストリート Side Street | エレン・ノーソン | |
| 1951 | 探偵物語 Detective Story | スーザン・カーマイケル |
| 1954 | エイト・オクロック・ウォーク Eight O'Clock Walk | ジル・マニング |
| 1955 | ララミーから来た男 The Man from Laramie | バーバラ・ワーゴマン |
| 1957 | ザ・ストーリー・オブ・マンカインド The Story of Mankind | 初期キリスト教徒の女性 |
| 1959 | ベン・ハー Ben-Hur | ティルザ |