ギターを弾く女
ヨハネス・フェルメールによる絵画
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『ギターを弾く女』(ギターをひくおんな、英語: The Guitar Player、オランダ語: De gitaarspeelster)は、オランダ黄金時代を代表する画家ヨハネス・フェルメールが、1672年頃に制作したとされる油彩画である[3]。晩年期におけるフェルメールの代表的作品のひとつであり、この時期に制作された、様式や細部描写にこだわらない自由な筆致は、フェルメールの人気を押し上げることに成功した[1]。1920年代よりアイヴァー伯爵・エドワード・ギネスの遺贈コレクションとしてロンドンのケンウッド・ハウスに展示されている。1974年に盗難に遭ったが、同年のうちに回収に成功している[4]。また、アメリカのフィラデルフィア美術館が所蔵している構図やモチーフがほぼ同じ『ギターを弾く女』(A Lady Playing the Guitar)は、不明作家による本作品の模写であるとされてきたが、近年の調査によりフェルメールの真作である可能性が高まってきたことが報告されている[5]。
| オランダ語: De gitaarspeelster 英語: The Guitar Player | |
| 作者 | ヨハネス・フェルメール |
|---|---|
| 製作年 | 1672年頃[注釈 1] |
| 種類 | キャンバスに油彩 |
| 寸法 | 53.0 cm × 46.3 cm (20.9 in × 18.2 in) |
| 所蔵 | ケンウッド・ハウス、ロンドン |
背景
生涯のほとんどを故郷のデルフトで過ごしたフェルメールが制作した作品数は少なく、ひとつひとつの作品に時間をかけ、細心の注意を払って制作を行っていたとみられる[1]。没後、19世紀半ば以降になると、その繊細な光の表現が脚光を浴び、美術史上における最も偉大な芸術家の一人と認識されるようになった[1]。画法としては初期と後期で明確な違いを示しており、本作品はしばしば、初期に制作された『リュートを調弦する女』と比較される。初期の作品は静謐で自己完結した世界が描かれているのに対し、後期の作品では物体の動きを抽象化する筆致が認められる[6][7][8]。こうした傾向は後年になるほど顕著となり、作品内になんらかの動き(本作品の場合は音)が生じていることが暗示されている[9]。
作品
構成とスタイル
本作品はフェルメール晩年のスタイルが明確に示されたものとなっており、輪郭の滑らかな線やカリグラフィー的な筆致、絵具の薄塗りといった特徴を持つ[10]。1660年代を通じて構図上の均衡と調和を極めたフェルメールは、それをさらに発展させ、不均衡や揺らぎを作品上に表現する技法を模索するようになった[9]。『ギターを弾く女』は、従来の作品に見られた構図上の均衡や調和が意図的に無視され、不均衡や構図上の一貫性の欠如という特徴を有していると同時に、従来の楽器であるリュートから、当時流行の兆しを見せ始めたギター(バロック・ギター)に焦点を当てている[3][9]。ギターを弾く少女の腕の一部を画面外へ押しやり、光を右から差し込ませ、画面左右で極端に密度を変化させている構図となっている[11]。この不均衡な配置と光の組み合わせが、観覧者に人物と楽器への注視を促す仕掛けとなっている[12]。ギターを弾く少女に当てた光はその人物と楽器を強調させ、単一の人物のみが描かれているという結果は、その対象の重要性をさらに補強している[13]。また、構図の極端な不均衡を和らげるために、背景となる壁には牧歌的な風景画が掲げられ、暗いカーテンと青いテーブルクロスの上に置かれた三冊の書物といった静物が構図の右側に配置されている[8]。
晩年のフェルメールは様々な絵画技法を取り入れ、その多くは抽象的な様式を示唆している[7]。本作品においてフェルメールは、ギターの弦をはじく動作などを通じて抽象化の手法を取り入れている[7]。『ギターを弾く少女』はフェルメールが没するまで彼の手元にあったことから、これは依頼主の要望などではなく、彼自身の動機からくる表現の模索であったと推察されている[7]。
モチーフ
ギターを掻き鳴らす若い女性はフェルメールの長女マリアがモデルではないかとする説がある[14]。しかしながら本作品は肖像画作品ではなく、フェルメールの家庭環境を投影した作品でもないため、トローニーとして用いられたものと考えられる[14]。美術史家のエリーゼ・グッドマンは、この少女について当時の上流階級に属した人物と定義づけている[8]。髪形、服装、ギターなどから当時の流行の最先端を身に着けたその様子から、17世紀のオランダで広く流通していたオランダ語、フランス語、英語を習得し、複数の言語で読み書きを嗜んでいる可能性があるとした[8]。また、その表情は初期のフェルメール作品に見られるような控えめな感情表現とは対照的に、豊かに描かれている[8]。少女の実直的な表情は、目線の先、画角の向こうに親しい男性の観覧者の存在があることを示唆している[8]。
服装に目を向けると、首元の真珠のネックレスの描画は、『信仰の寓意』でも用いられた、淡い緑の帯の上にピンクの帯が重ね塗られ、さらにその上から点状に白を重ねてハイライトを施すというミニマルな技法が採用されている[8][10]。着用している毛皮が縁どられた黄色のモーニングジャケットは、妻カタリーナの所持する一品で、『真珠の首飾りの女』『手紙を書く女』『婦人と召使』などの作品で描かれたものと同一のアイテムとされる[8]。
手にしているバロック・ギターは、当時、歌に伴奏をつける楽器として台頭し始めた最先端のものである[14]。ギターの縁は装飾的な白黒の象牙が細やかなタッチで描画され、厚塗りの技法を用いて精緻なサウンドホールが表現されている[8]。また、弦の一部の焦点をずらすことで振動を描写することを試みており、今まさにギターを奏でているという表現になっている[8]。
背景の壁にかかっている風景画は、ドイツの美術史家グレゴール・ウェーバーによって、オランダ風景画家ピーテル・ファン・アッシュの『A Wooded Landscape with a Gentleman and Dogs in the Foreground』(前景に紳士と犬がいる森の風景)であると特定されている[8]。当該作品の現在の所在は分かっていないが、当時はフェルメールが所有していたと指摘されている[8]。妻のカタリーナが債権者へ宛てた手紙などから、経済的困難を補うためにフェルメールが行っていた他者の絵画作品の売買事業のなかの商品のひとつであったと推察される[8]。17世紀の詩篇では女性の美しさを自然に帰結させて表現するという技法が頻繁に用いられ、「自然の傑作」「自然の奇跡」といったフレーズがよく取り入れられた[14][9]。風景画内の木の枝と少女の髪形との間に認められる相関性は、少女が理想の女性像として描かれていることを暗示している[14]。背景に描かれた作品についての見解は複数あり、ベルト・マイヤーはヘルマン・ファン・スワネフェルトとの関連性を指摘しており、スージー・ホッジはヤン・ハッカート風の作品であるとしている[14][9]。
また、控えめな白塗りの壁は、繊細なグラデーションによって光の入射角や部屋内の質感などを綿密に計算して描写されている[8]。絵画の奥行きを表現するだけでなく、ネガティブスペースとして構図のバランスを決定付ける重要な役割を果たしている[8]。デルフトの建築史家ヴィム・ウィーヴは、むき出しの無垢な白い壁は中世オランダの上流階級で当時好まれた内装であり、壁に手書きのデザインなどを施すといった装飾は、17世紀以降までには好まれなくなった傾向にあったと指摘している[8]。
右隅に配置された三冊の本の具体的な主題や題名については不明である[8]。一部研究者は本の厚みから、真ん中に聖書が置かれていると推察しており、世俗的な少女に対する叱責、あるいは道徳的な助言を無視する少女を表現しているのではないかと指摘している[8]。一方でアメリカの美術史家ウォルター・リートケは、背後に置かれた三冊の書籍について「オランダのおしゃれな若い女性の絵画における、新しくも馴染みのあるテーマである学問を表現している」と推察した[8]。
来歴
『ギターを弾く女』はフェルメールが没するまで本人が所有していたが、没後は妻カタリーナの手によって、『手紙を書く婦人と召使』とともにパン代金のツケの支払いに充てられた[注釈 2][15]。以降、彼のパトロンの一人であるマリア・デ・クヌートの手に渡った後、複数人の手を経た後に1696年5月16日にアムステルダムのディシウス競売にかけられた[8]。この日、21点のフェルメール作品が一斉にオークションにかけられ、目録番号4番「ギターを弾く若い女、同人作、大変よいできばえ」として出品された『ギターを弾く女』は、この日のフェルメール作品としては9番目の価格となる70ギルダーで落札された[注釈 3][16]。
1865年まではパーマストン子爵が所有し、その後継子であるマウント・テンプル男爵が相続したが、1888年に美術商トーマス・アグニュー・アンド・サンズに売却された[8]。アグニューは翌年までにアイヴァー伯爵・エドワード・ギネスに売却し、彼が死去した1927年に遺贈コレクションとして他の絵画とともにイギリスに寄贈された[8]。以降、ハムステッドにあるケンウッド・ハウスが作品の管理、展示を行っている[8]。

類型作品
アメリカのフィラデルフィア美術館にはほぼ同じ構図の同名の作品が収蔵されている[注釈 4][5]。かつてアムステルダム国立美術館で美術品修復を担当していたアリー・ウォーラートは、どちらもフェルメールが制作したバージョン違いであると主張している[5][4]。フィラデルフィア・バージョンは1908年に一度オランダの美術史家ホフステード・デ・グルートによって真作とされている[17]。1927年にケンウッド・バージョンが知られるようになるまでは、フィラデルフィア・バージョンが真作とみなされていたが、以降はより状態の良いケンウッド・バージョンが真作であり、フィラデルフィア・バージョンがその模造品であるとするのが通説となっている[4]。
盗難事件
『ギターを弾く女』は1974年2月23日にケンウッド・ハウスから盗まれた[4]。ケンウッド・ハウスは事件の2年前にフランチェスコ・グアルディの絵画2点の盗難に遭い、警備を強化していたにも関わらず、『ギターを弾く女』を盗んだ犯人は美術館のシャッターと鉄格子付きの窓ガラスを破壊して侵入し、電話回線を切断して逃走した[4]。スコットランドヤードは『ギターを弾く女』はあまりにも有名であり、通常のルートで売却するのは不可能だろうとの見解を示し、犯人は、自分が何をしたのか分かっていない、あるいは盗んだものの価値を全く分かっていない狂人か、すでに特定の買い手を念頭に置いている大泥棒か、のどちらかだとコメントした[4]。スコットランドヤードは、市場で売却不可能な作品であることから、盗まれた段階で何らかの声明や要求があるだろうとの見方を示した[4]。
ほどなくして『ギターを弾く女』に使用されていた額縁がケンウッド・ハウスから半マイルほど離れた場所で発見された[4]。ネラ・ジョーンズという名のジプシーからの密告であった[4]。ガラスが割られ、額縁の角が一部損傷していたことから、絵画自体への影響が懸念された[4]。事件が報道された後、スコットランドヤードは身代金や特定の犯人の解放などを要求する複数のメッセージを受け取った[4]。特に、ロンドンのラジオ局を通して届いたアイルランド訛りの男によって届いた「シスターズ[注釈 5]を北アイルランドへ送り返せ」という要求は、『ギターを弾く女』のカンヴァスの断片と、この絵に関する公開されていない事実をリストアップした手紙が添えられていたことから、本物の犯人に間違いないだろうとされた[18]。しかし、スコットランドヤードは、こうした要求に答えることはないと正式に声明を出した[4]。
同年5月7日、匿名の通報により『ギターを弾く女』がロンドンのセント・バーソロミュー・ザ・グレートの墓地で発見された[4]。スコットランドヤードは「絵画は墓石に立てかけられ、新聞紙で包まれて紐で縛られていた」と発見時の状況について発表している[4]。絵画に目立った外傷はなく、少し湿った状態だったものの、概ね無事に返還された[4]。容疑者としてはアイルランド共和軍(IRA)のテロリストであるローズ・ダグデールの名が挙げられていたものの、この事件で起訴されることはなかった[4]。
評価と影響
ワシントンのナショナル・ギャラリーのキュレーターなどを務めた美術史家のアーサー・K・ウィーロックは、自由闊達な筆触に満ち満ちた『ギターを弾く女』は、フェルメール晩年様式をもっともよく示す作品であると評し、こうした作風の変化は初期の抑圧された作品の質に反発したことによるものかもしれないと指摘した[19]。イギリスの美術史家グレアム・ディクソンは、壁にもたれかかった少女の巻き髪が新しい楽譜のようにも見え、遊び心たっぷりに表現されているとし、作品全体から音楽を楽しんでいる雰囲気が感じ取れるような仕掛けが施されていると評している[20]。晩年のフェルメールの様式を「未完の軌跡」と称する美術史家の小林頼子は、最盛期に描かれた『手紙を書く女』と晩年の『ギターを弾く女』を比較した上で、筆致の緻密さに変化が見られる点を指摘し、「じっくりと味わう手の込んだ細部より、単純化された切れのいい表現に重きが置かれ始めている」と、フェルメールの絵画制作に向き合う姿勢の変化について論考した[21]。
また、フェルメールの作品は遠近法の正確さや計算された静物配置などから、カメラ・オブスクラを使用していたのではないかと一部の研究者などから指摘されているが[22]、本作品は、背景の風景画にピントが合っており、人物像をぼかして表現している点があり、この説を証明するものとしてしばしば言及されている[23]。この説をはじめとしたフェルメールの製作技法を再検証したドキュメンタリー映画『Tim's Vermeer』が2013年に公開されている[24]。