クモの巣図法
一次元離散力学系の振る舞いをグラフを用いて図式的に表す手法
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クモの巣図法(クモのすずほう)とは、実数直線上の差分方程式あるいは関数の反復の振る舞いをグラフを用いて図式的に表す手法である[1][2][3]。クモの巣法[4]、クモの巣図[5]、クモの巣ダイヤグラム[6]、階段図法[3]、グラフ反復法[6]、グラフによる解析[7]、グラフによる解析方法[8]、グラフ解析[9]、図的分析[10]、リターンマップ[11][12]などと呼ばれる例もある。

クモの巣図法は、実数直線上の離散力学系の説明補助のために頻繁に用いられる[13]。クモの巣図法では数学的な証明を与えられないが、現象の様相を説明する重要な道具の一つとして役立つ[14]。クモの巣図法により、ある初期値に対する差分方程式の軌道の一目で分かる全体像が得られる[15]。ロジスティック写像はクモの巣図法を導入する典型的な例である[16]。他方、グラフを用いずに実数直線上で軌道を追う描像は相図と呼ばれる[9]。クモの巣図法は1実変数の差分方程式にしか使えないため、2変数以上の差分方程式に対しては相図を主に使う必要がある[17]。
クモの巣図法は、実変数関数の反復の理論あるいは離散力学系の発展と平行して発展してきた[18]。クモの巣図法の原型は、1816年にアドリアン=マリ・ルジャンドルが単調関数の根を近似計算するために導入した図法が最初と考えられる[19]。ただし、ルジャンドルが導入したものは2つの関数で定義される曲線間での図法だった[20]。1822年にジョゼフ・フーリエが y =x/k で定義される直線と y = tan x で定義される曲線に対する図法を紹介し、1830年にエヴァリスト・ガロアが y = x の直線と任意の関数の曲線間の反復計算について紹介している[21]。1850年代以降にもクモの巣図法に関する重要な文献は散見され、近似数値計算だけでなく吸引域や極限集合の議論も含むものが現れるようになった[22]。
描写の手順
x を実変数とし、xn を n 番目の x とし、差分方程式 xn+1 = f (xn) が与えられたとする。x0 を初項(力学系の文脈では初期値)とすれば、このx0 の数値と差分方程式から、x0, x1, x2, … xk という数列(力学系の文脈では軌道)を再帰的な計算によって順次求めることができる[6][23]。関数 x ↦ f (x) の n 回反復合成を x = f 0(x), f(x) = f 1(x), f (f (x)) = f 2(x), … f (f k−1(x)) = f k(x) と定義し、x0 = x, x1 = f (x), x2 = f 2(x), … xk = f k(x) と表現しても話は同じである[24][25]。

クモの巣図法では、上記の差分方程式に対して、まず縦方向を y-軸、横方向を x-軸 とした座標平面に、y = f (x) のグラフを書く[23]。次に、原点を通る傾き 1 の直線、すなわち y = x を意味する45°直線を、グラフに重ねて座標平面に描く[23]。初期値 x0 を決め、次のような手順を繰り返す[6][2][3]。
- x-軸の点 (x0, 0) または45°直線上の点 (x0, x0) から、グラフに突き当たるまで鉛直に直線を引く。鉛直な直線が突き当たるグラフ上の点の座標は (x0, f (x0) = x1) となる。これは、x0 から x1 を求めたことに相当する。
- グラフ上の点 (x0, x1) から、今度は水平に直線を45°直線に突き当たるまで引く。水平な直線と45°直線が交わる点は (f (x0) = x1, x1) である。
- 45°直線上の点 (x1, x1) から、再度グラフに突き当たるまで鉛直に直線を引く。交わる点は (x1, f (x1) = x2) となる。これは、x1 から x2 を求めたことに相当する。
- グラフ上の点 (x1, x2) から、45°直線に突き当たるまで水平に直線を引く。交わる点は (f (x1) = x2, x2) である。
- あとは 3 ⇒ 4 ⇒ 3 ⇒ 4...の順で、手順3, 4を交互に繰り返す。
この結果、クモの巣状あるいは階段状の図ができあがる[4]。このクモの巣状あるいは階段状の図が x0 から始まる軌道 {x0, x1, x2, x3,…} を表している[7]。クモの巣図法の利点は、軌道の一目で分かる全体像を得られる点にある[15]。
クモの巣図法は、コンピュータプログラミングによる描写のほか[11]、表計算ソフトを使って描写することもできる[12]。組み込みの描画機能として備えたグラフ関数電卓もある[26]。古くは定規で書かれてきた[18]。
特殊な軌道の様相

一般的に、f (x) = x を満たす x を不動点という[23]。よって、差分方程式 f (x) のグラフと f (x) = x である直線の交点は、その差分方程式の不動点を意味している[27]。不動点の周囲から始まる軌道が不動点へ近づいていくか離れていくかという様子もクモの巣図法で観察できる[28]。近づいていく場合、交点(不動点)におけるグラフの傾きが正のときは単調に近づいていくが、交点におけるグラフの傾きが負のときはクモの巣図はらせん状の形になる[29]。

また、ある反復回数で元の数値に戻る軌道を周期軌道という[30]。周期軌道はクモの巣図法では閉じたループになる[31]。周期 k の周期軌道の各点は周期点と呼ばれ、x = f k(x) を満たす[30]。座標平面に f k(x) のグラフを書けば、それと f (x) = x である直線の交点は f k(x) の不動点であり、それらは k 周期点でもある[32]。よって、クモの巣図法によって周期点を見つけることもできる[32]。ただし、f k(x) の不動点は、反復 k 回目の前にも元の数値に戻る周期点や不動点も含んでいるので注意が必要である[33]。
サドルノード分岐のような分岐現象の様子も、クモの巣図法で観察できる[34]。軌道がカオスである、あるいは軌道がストレンジアトラクターに吸引される場合は、クモの巣図は複雑な様相を示す[35][36][37]。軌道がカオス状態だと、クモの巣図法で描かれる線は落ち着くことなくグラフ上を動き回り続ける[12]。
逆関数の場合


差分方程式を定めている関数 f (x) が単調関数ならば、その逆関数 f −1(x) についてもクモの巣図法で作図できる[3]。f −1(x0) = x−1, f −1(x−1) = x−2, … と表すとする。y = f (x) のグラフを使って逆向きの軌道をクモの巣図法で描写する場合は、次のような手順となる[3]。
- 45°直線上の点 (x0, x0) から、グラフに突き当たるまで水平に直線を引く。水平線が突き当たるグラフ上の点の座標は (x−1, x0) となる。
- グラフ上の点 (x−1, x0) から、鉛直に直線を45°直線に突き当たるまで引く。鉛直線と45°直線が交わる点は (x−1, x−1) である。
- 45°直線上の点 (x−1, x−1) から、グラフに突き当たるまで水平に直線を引く。水平線が突き当たるグラフ上の点の座標は (x−1, x−2) となる。
- グラフ上の点 (x−1, x−2) から、鉛直に直線を45°直線に突き当たるまで引く。鉛直線と45°直線が交わる点は (x−2, x−2) である。
- あとは 3 ⇒ 4 ⇒ 3 ⇒ 4... と繰り返す。
もし f (x) が単調関数でなければ、45°直線上の点 (xn, xn) から水平線を引いたときにグラフと交わる点が複数できる[3]。これらの複数の交点は、いずれも xn の逆像である[3]。