クラカタウ
インドネシア共和国の島
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地理・地質
歴史
西暦535年噴火説
クラカタウまたはその付近で西暦535年に巨大噴火が起きたとする説が提唱されていた。John Southonらは、インドネシア弧の海底堆積物コアを用いてこの説を検討し、該当する噴火の火山灰を確認できなかった。2013年に『Radiocarbon』へ掲載された論文は、この否定的証拠は同年に巨大噴火が起きた可能性を排除するのに十分だと結論付けた[7]。
1883年の大噴火


1883年5月に始まった噴火活動は、8月26日から27日にかけて最盛期を迎えた。大爆発とカルデラ陥没によって島の北側約3分の2が海中に没し、火砕流と津波が周辺沿岸を襲った[8][3]。死者は約3万6,000人で、そのうち3万4,000人以上が津波によるものとされる[3]。
爆発音は約4,600キロメートル離れたオーストラリアやモーリシャス付近でも聞かれ、気圧波は地球を複数回周回した。火山灰は太陽や月の周囲に光環を生じさせ、噴火翌年の世界の気温を最大約0.5℃低下させたとされる[3]。噴火と津波の情報は当時整備されつつあった世界的な電信網を通じて伝えられ、クラカタウ噴火は科学的に詳しく記録・研究された初期の火山噴火の一つとなった[3]。
アナク・クラカタウと2018年の山体崩壊
1920年代後半、1883年噴火で形成されたカルデラ内からアナク・クラカタウが海面上へ現れた[1][4]。2018年12月22日、アナク・クラカタウで山体の一部が崩壊し、スンダ海峡沿岸を襲う津波が発生した。査読論文によると、この津波による死者は430人だった[4]。
2026年の活動
2026年7月2日16時30分(インドネシア西部時間)、インドネシア地質庁はアナク・クラカタウの活動レベルをレベルIIからレベルIIIへ引き上げ、活動中心から半径3キロメートル以内への立入りを禁じた[2]。
9月5日未明、ダーウィン航空路火山灰情報センター(VAAC)からクラカタウの大規模噴火が報告された[9][10]。ウェザーニュースは、ひまわり9号の観測に基づくVAACの推定として、噴煙が海抜約1万5,000メートルに達したと報じた[9]。日本の気象庁が同日6時30分に発表した情報では、海外および国内の観測点で有意な潮位変化は観測されておらず、日本への津波の有無は引き続き調査中とされた[11]。
