スンダ海峡
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海峡は、およそ北東−南西の方向に伸びており、その北東端でスマトラ島側のトゥア岬とジャワ島側のプジャッ岬とを結ぶ海峡の最狭部は約13海里 (24 km)である[2]。海峡の西端の水深はかなり深いが[2]、東に向かうにつれて狭く浅くなっている[2]。複雑な海底地形を呈し[2]、東端部は深さがわずか20 mで、砂州と活火山があり[2]、時間によって潮の流れが非常に激しく変化し[2]、スコールにより視界不良になることもあり[2]、小さな島嶼が多く[2]、さらにジャワ島沿岸沖には石油掘削リグなどの人工の障害物が多いこと[2]もあって、安全な通航が難しいこと[2]で有名である。マラッカ海峡と並んで、何世紀にもわたり南シナ海とインド洋とを結ぶ主要な航路であったが、特に17世紀から18世紀にかけてオランダ東インド会社がインドネシアの香料諸島(1602年-1799年)への航路として利用した。しかし、海峡の狭さと浅さに加えて、正確な海図が作成されていないことにより、近代的な大型船舶の通航には不適当なため、ほとんどの大型船は代わりにマラッカ海峡を利用している[3]。
海峡内には島が点在しており、サンギアン島、セベシ島、セブク島、パナイタン島など、その多くは火山を起源に持つ。しかしながら、中でも最も有名な火山島はクラカタウで、1883年に爆発的噴火した記録が残っている。その時の噴火で、海峡内の島々およびその近くのジャワ島とスマトラ島の周辺地域は、主に激しい軽石の雨と火山の崩壊が引き起こした巨大な津波のため、壊滅的被害を受けた。この時の噴火により、スンダ海峡の地形は劇的に変化し、18–21 km3ほどのイグニンブライトが火山の周囲の面積にして約110万 km2に堆積した。それ以来、住民が元の居住地に再び戻ることのなかった地域(現在はウジュン・クロン国立公園に編入されているジャワ島の沿岸地域など)もあるものの、海岸線の大部分は現在では非常に人口が密集した地域になっている。クラカタウ火山の現存する独立峰であるラカタ峰のほかに、クラカタウ群島はラング島、ヴェルラテン島、および1927年に元のクラカタウ火山の破砕された残存部から現れた最も新しいアナク・クラカタウ島[4]から構成されている。
海運

国内
スンダ海峡はスマトラ島とジャワ島とを結ぶ主要な交通路で、最短航路のスマトラ島・バカウヘニ港とジャワ島・メラク港との間は、2004年当時、9社24隻のフェリーや高速船が24時間体制で結んでいた。その中には、かつて宇高連絡船として活躍した阿波丸が1990年にこの航路に就航し、「ティティアン・ムルニ(純粋な小さな橋)」との名前で、2013年時点でも1日3往復している[5]。
国際
スンダ海峡は大西洋海域から喜望峰を経由して東アジア方面へ向かう船舶やオーストラリアから東南アジア・東アジアへ向かう船舶にとって重要な航路である[2]。2012年時点で、年間約2,280隻の船舶がスンダ海峡を通航しており[2]、年間通航貨物量は約1億トンで[2]、これは約50億米ドルに相当する[2]。
