紀元前277年、執政官プウリウス・コルネリウス・ルフィヌス(en)とガイウス・ユニウス・ブブルクス・ブルトゥスはサムニウムに侵攻し、途中通った郊外を破壊し、放棄された砦をいくつか占領した[1]。サムニウム軍はクラニタと呼ばれる丘陵地帯に撤退した。そこにはサムニウム人が「宝」と考えていた大量のセイヨウサンシュユが貯えられていた[1]。困難な地形であったにもかかわらず、ローマ軍は丘を攻め上ってきた。しかし多数の潅木と傾斜のために、ローマ軍はサムニウム軍の攻撃の餌食となってしまい、多くの戦死者と捕虜を出した[1]。
クラニタ丘での敗北後、両執政官は互いに相手の失態を非難し、その後協力して戦うことは無かった。ユニウスはサムニウム領の略奪を続け、ルフィヌスはルカニア人(en)とブルッティア人(en)を攻撃し、クロトン(現在のクロトーネ)を占領した[1]。