19世紀には、主要な捕鯨基地であったマサチューセッツ州のニューベッドフォードで生まれた。ボストンの美術学校(Eric Pape Art School)で学び、1901年の夏、友人となったN・C・ワイエスとヘンリー・J・ペック(Henry J. Peck)とともに、マサチューセッツ州アニスクアムでジョージ・ノイズ(George Lorenzo Noyes)に学んだ[1]。秋には、デラウェア州ウィルミントンで有名なイラストレーターのハワード・パイルが運営した美術学校の生徒になった[2][3]。パイルは学生のためのイラストの仕事を紹介し、「The Delineator」や「Leslies」、「McClure's Magazine」、「Success」といった雑誌の口絵や挿絵を描いた[1]。
ニューベッドフォード育ちのため捕鯨についての知識や興味を持っていました。1904年に雑誌「ハーパーズ・マンスリー・マガジン」から、捕鯨に関する記事の執筆と挿絵を依頼された。より知識を得るために1904年8月から6週間にわたった捕鯨船バーク・サンビーム号で乗船し、この航海中、彼は3頭のクジラの捕獲処分を目撃した。出版された記事は、サンビーム号の船長に称賛された。
1932年に結婚して、2人の娘が生まれた[1][4]。娘のジェーン・アシュリー(Jane Ashley)は画家になった。
アシュリーはロープの結び方に関する百科事典「The Ashley Book of Knots」(1944年出版)の著者、イラストレーターとしてよく知られている[1]。この書籍には3857種類の結び方の解説、図解が記載されている。
この分野の専門家となるきっかけは1925年に出版社のStreet & Smithの「Sea Stories Magazine」というパルプ・マガジンに一連の記事を掲載されたことで、1944年の書籍ほどは広範ではなかったが、特定の結び方の特徴や欠点を図を含めて解説した。これらの記事のいくつかはサイラス・ローレンス・デイ(Cyrus Lawrence Day: 1900-1968)が1935年に出版した書籍「Sailors' knots」に引用された[5]。