クルーズフェリー飛龍
From Wikipedia, the free encyclopedia
| クルーズフェリー飛龍 | |
|---|---|
|
石垣港に接岸中のクルーズフェリー飛龍 | |
| 基本情報 | |
| 船種 | フェリー |
| 船籍 |
|
| 所有者 |
船舶整備公団 有村産業 DBSクルーズフェリー 丹東国際航運 |
| 運用者 |
有村産業 DBSクルーズフェリー 丹東国際航運 |
| 建造所 | 三菱重工業下関造船所[1] |
| 姉妹船 | クルーズフェリー飛龍21 |
| 建造費 | 約55億円[2] |
| 航行区域 | 近海[3] |
| 船級 | NK[3] |
| IMO番号 | 9112246 |
| 改名 |
クルーズフェリー飛龍 PYEONG SAN ORIENTAL PEARL 6 |
| 経歴 | |
| 起工 | 1995年2月10日[1] |
| 進水 | 1995年4月16日[1] |
| 竣工 | 1995年6月30日[1] |
| 就航 | 1995年7月1日[4] |
| 運航終了 | 2008年(有村産業) |
| 要目 | |
| 総トン数 | 10,342 トン[1] |
| 載貨重量 | 3,606 トン[1] |
| 全長 | 167.0 m[1] |
| 垂線間長 | 156.0 m[1] |
| 幅 | 22.0 m[1] |
| 型深さ | 7.6 m[1] |
| 満載喫水 | 6.0 m[3] |
| 機関方式 | ディーゼル |
| 主機関 | NKK 16PC2-6V 2基[1] |
| 出力 | 27,000 PS[1] |
| 最大速力 | 26.6ノット[1] |
| 航海速力 | 24.9ノット[1] |
| 航続距離 | 6,500海里[3] |
| 旅客定員 | 430名[1] |
| 乗組員 | 51名[1] |
| 積載能力 | 20ftコンテナ8個[1] |
| 車両搭載数 | トラック143台、乗用車98台[1] |
「飛龍2」の代替船として船舶整備公団の共有建造制度を使用して三菱重工業下関造船所で建造され[1]、1995年に名古屋 - 大阪 - 那覇航路に就航した[2]。本船の就航により大阪 - 那覇間の所要時間が5時間短縮され27時間で結んだ[2]。船体は喫水線上の構造物を低めに抑えつつ、龍をイメージしたレーダーマストや沖縄の建築様式をモチーフとした煙突などを配した[1]。その後2番船としてクルーズフェリー飛龍21が建造されたが、一部構造が異なる。
有村産業は1999年6月23日に会社更生法を適用したが、2008年6月23日に更生手続きが廃止となり事実上破産したため、航路休止となり、本船は鉄道建設・運輸施設整備支援機構に移管され、僚船のクルーズフェリー飛龍21、フェリー海龍とともに常石造船で係船された。
2009年12月、韓国のDBSクルーズフェリーに約7億円で売却されPYEONG SANとなった[5][6]。イースタン・ドリーム(元クイーンコーラル (2代))の代船として、境港 - 東海 - ウラジオストク航路(環日本海横断定期航路)に就航する計画であった。
2010年、丹東国際航運に売却されORIENTAL PEARL 6(東方明珠6号)として丹東 - 仁川航路に就航している。
船内
旅客設備を重視した設計で前方を客室・後方をパブリックスペースとし、客室全室を個室化しバス・トイレを備えた仕様とし[2]、エスカレーターやエレベーターも設置された。エントランスホールには、シーサーと紅型があしらわれ、廊下には石敢當が置かれるなど、沖縄をイメージした内装となっていた。
船室
- スイートキャビン(2名×3室 Dデッキ2室・Cデッキ1室)[7] - ツインベッド、バス・トイレ、冷蔵庫、テレビ
- アウトサイドキャビン(4名×40室 各デッキ20室[7]) - 二段ベッド、バス・トイレ、テレビ
- インサイドキャビン(6名×36室 各デッキ18室[7]) - 二段ベッド、バス・トイレ、テレビ
船内設備
- Dデッキ「パノラマデッキ」[7]
- パノラマサロン
- カラオケルーム「スタジオレキオス」
- シミュレーションゴルフ「飛龍カントリークラブ」
- サンセットテラス
- ゲームコーナー「アミューズメントスペース」
- イベントホール「レキオグランデ」
- Cデッキ「レセプションデッキ」[7]