グアム鎮魂社

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所在地 グアム(米国領)ハガニア近郊アデラップ(Adelup)・リカルド・J・ボルダロ政府庁舎(Bordallo Complex)周辺
主祭神 --
別名 Guam Chinkon Shrine / Guam Sea of Souls Shrine
地図
Guam
グアム鎮魂社
所在地 グアム(米国領)ハガニア近郊アデラップ(Adelup)・リカルド・J・ボルダロ政府庁舎(Bordallo Complex)周辺
主祭神 --
別名 Guam Chinkon Shrine / Guam Sea of Souls Shrine
地図
Guam
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グアム鎮魂社(グアムちんこんしゃ、英: Guam Chinkon Shrine / Guam Sea of Souls Shrine)は、グアム(米国領)アデラップ(Adelup)のリカルド・J・ボルダロ政府庁舎(Bordallo Complex)周辺に位置する神社である。沖縄タイムスは、2017年夏に「島内で初めての神社」として建立した事実を報じた。[1]

グアム鎮魂社は、第二次世界大戦期のグアムにおける戦闘(グアムの戦いを含む)と占領・解放の過程で生じた戦没者・犠牲者を想起する場として整備された。2023年10月、地元紙(The Guam Daily Post)配信の記事は、同社を「Guam Chinkon “Sea of Souls” shrine」と表記し、修復後の再奉告(rededication)式典を報道した。[2]

所在地と周辺

鎮魂社はアデラップ(Adelup)の政府庁舎周辺に立地し、Marianas Variety(The Guam Daily Post配信)は、2023年10月4日に同地で社殿の写真を掲載した。[2] また、同敷地はラッテ・オブ・フリーダム(Latte of Freedom)や歴史的な砲が置かれる観光地点としても知られる。[3] 日本語の観光情報発信は、グアム鎮魂社(Sea of Souls)を無料で一般公開する旨を案内している。[4]

沿革

2017年:建立

沖縄タイムスは、芳賀健介が2017年夏に「島内で初めての神社」としてグアム鎮魂社を建立した経緯を人物紹介記事で取り上げた。[1]

2023年:修復と再奉告(rededication)

2023年10月の再奉告式典について、地元紙配信の記事は「修復した鎮魂社を週末に再奉告した」と書き、式典でグアム議会上院議員アマンダ・シェルトン(Amanda L. Shelton)が決議「Resolution 194-37」を提示した事実を報じた。[2] 同決議は、グアム議会の公的アーカイブに掲載され、グアムと日本の市民による協力が鎮魂社の修復と再奉告を可能にした点を明記する。[5][6]

式典・活動

2023年10月の再奉告式典について、地元紙配信は、グアム副知事ジョシュア・テノリオ(Joshua Tenorio)らが同席したこと、ならびに日本の国会議員・杉田水脈が式典で発言したことを具体的に記した。[2] 同記事はさらに、「戦争を風化させない会」(Association to Keep the War from Fading Away)の代表者であり、Guam Requiem Shrine Veneration Association(グアム鎮魂社支援団体)の助言者として、芳賀健介が式典で発言したことを記録する。[2]

また学術資料(新井隆)は、グアムおよびサイパン(北マリアナ諸島)における戦争の記憶を想起する諸活動(追悼・慰霊行事を含む)を研究対象に据え、現地調査と追悼行事等への参与観察、関連公文書を含む一次資料の渉猟にもとづいて分析した旨を記している。[7]

評価・論点

新井隆は、グアムおよびサイパンにおける戦争の記憶の想起をめぐる諸活動を、地域・担い手・関係性によって単線的に叙述できない「分断の諸相」として捉え、統一的な理解を許さない構造を論じた。[7] グアム鎮魂社の再奉告をめぐる動きは、修復・再奉告を「旧敵国の子孫同士の協力」として称揚する政治的言説(グアム議会決議の文言を含む)とも接続する。[5]

関連項目

脚注

参考文献

外部リンク

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