グレトナ・グリーンで最も有名なのは、駆け落ち結婚がされた鍛冶屋である。1753年、ハードウィック卿の婚姻法(英語版)がイングランドで可決して以来、イングランドでは両親の承諾を得た21歳以上の男女のみに結婚が制限されるようになった。この法律はスコットランドには適用されず、男性は14歳、女性は12歳以上ならば親の承諾なしに結婚できることになっていた。(1929年より、16歳以上であることのみ必要となった。イングランドとウェールズでは、現在18歳以上なら同意は不要、16歳・17歳なら必要となっている)さらに、イングランドの法律では“asking of the banns”(一定期間の結婚予定通告。その間、誰であっても結婚に対する異議申し立てができる)や、後にはさらに結婚許可証が必要になったので、結婚に反対する人物が、たとえそれが法的に正式な結婚であったとしても、結婚の計画が持ち上がっていることを知ることができ、さらに法的に妨害することすらできたのである。
よって、婚姻法が適用されていた時代は、多くの駆け落ちカップルが結婚するためにイングランドを逃れ、スコットランドに入って最初の町、すなわちグレトナ・グリーンへと走ったのである。1712年ごろに建てられたOld blacksmiths shopや、1710年に建てられたGretna Hall Blacksmiths Shopが、少なくとも評判上は、結婚業者の中心となった。The Old Blacksmiths shopは、1887年頃には観光スポットとして公開された。
慣例上、「グレトナ・グリーン婚(Gretna Green marriage)」という表現は、カップルが住んでいる土地の法律で結婚しようとする際の制限や手続きを避けて他の土地で結婚することを指すようになった。有名なグレトナ・グリーン婚には、1826年、エドワード・ギボン・ウェイクフィールドが若い令嬢エレン・ターナーと二度目の結婚をしたシュリグリー誘拐事件などがある。