16歳でオリンピック初出場を果たす。50m自由形・4×100mフリーリレーで銅メダルを獲得。100m自由形は10位に終わった。
50m自由形は準決勝敗退、100m自由形は棄権。4×100mフリーリレーでは第2泳者を務め、金メダルを獲得した。
50m自由形では0.04秒差でメダルを逃す5位となった。100m自由形では6位に終わった。4×100mフリーリレーで世界新記録を樹立し、2大会連続となる金メダルを獲得した。4×100mメドレーリレーではアンカーとして銀メダルを獲得した。
リオオリンピックの後休養を取っていたが、復帰。パンパシフィック選手権では50m自由形・100m自由形・4×100mフリーリレー・4×100mメドレーリレー・4×100m男女混合メドレーリレーの五冠を達成し、復活を遂げた[1]。
100m自由形では銅メダルを獲得し[2]、4×100mフリーリレー[3]と4×100mメドレーリレーでは2冠を達成した[4]。4×100mフリーリレーでは3大会連続の金メダル獲得となった。
2024年6月、パリオリンピックの国内代表選考会で50m自由形と100m自由形の出場権を逃した。6月26日に現役引退を表明した[5]。