ケニー・ミラー

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本名 ケネス・ミラー
Kenneth Miller
愛称 Kenny
ラテン文字 Kenny MILLER
ケニー・ミラー
スコットランド代表でのミラー (2011年3月)
名前
本名 ケネス・ミラー
Kenneth Miller
愛称 Kenny
ラテン文字 Kenny MILLER
基本情報
国籍 イギリスの旗 イギリス(スコットランドの旗 スコットランド)
生年月日 (1979-12-23) 1979年12月23日(45歳)
出身地 エディンバラ
身長 178cm
体重 71kg
選手情報
ポジション CF
利き足 右足
ユース
1988-1996 スコットランドの旗 ハッチンソン・ヴェイル
1996-1998 スコットランドの旗 ハイバーニアン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2000 スコットランドの旗 ハイバーニアン 45 (12)
1998-1999 スコットランドの旗 ステンハウスミュアー (loan) 11 (8)
2000-2001 スコットランドの旗 レンジャーズ 30 (8)
2000 イングランドの旗 ウルヴァーハンプトン (loan) 5 (2)
2001-2006 イングランドの旗 ウルヴァーハンプトン 167 (52)
2006-2007 スコットランドの旗 セルティック 33 (7)
2007-2008 イングランドの旗 ダービー 30 (4)
2008-2011 スコットランドの旗 レンジャーズ 81 (49)
2011 トルコの旗 ブルサスポル 15 (5)
2011-2012 ウェールズの旗 カーディフ 43 (10)
2012-2014 カナダの旗 バンクーバー・ホワイトキャップス 43 (13)
2014-2018 スコットランドの旗 レンジャーズ 114 (35)
2018 スコットランドの旗 リヴィングストン 2 (0)
2018-2019 スコットランドの旗 ダンディー 33 (8)
2019 スコットランドの旗 パーティック・シッスル 21 (5)
通算 670 (216)
代表歴
2000-2001 スコットランドの旗 スコットランド U-21 7 (2)
2003 スコットランドの旗 スコットランド B 1 (0)
2001-2013 スコットランドの旗 スコットランド 69 (18)
監督歴
2018 スコットランドの旗 リヴィングストン
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ケネス "ケニー"・ミラーKenneth "Kenny" Miller, 1979年12月23日 - )は、スコットランドエディンバラ出身の元サッカー選手、元スコットランド代表。現役時代のポジションはフォワード

第二次世界大戦後において、セルティックFCレンジャーズFCの両方に所属した5人の選手の1人。センターフォワードのみならず、セカンドトップやウイング的なプレーでアシストを量産する選手として知られる[1]。ミラーは、ハイバーニアンFCでプロ生活を開始した後、レンジャーズFCを経てフットボールリーグ・チャンピオンシップ (イングランド1部) のウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCと契約し、エースとして2003年のプレーオフ優勝に貢献する。ウルヴァーハンプトンでの5シーズン後、スコットランドに戻ると、オールドファームの残り1つセルティックFCと契約し、1シーズンの在籍でスコティッシュ・プレミアシップスコティッシュカップのタイトルを獲得。ダービー・カウンティFCでの1シーズン後、再びスコットランドに戻るとレンジャーズに復帰し、2シーズン半の在籍でリーグ戦、カップ戦、スコティッシュリーグカップのタイトルに加え、個人としてはリーグ得点王に輝いた。レンジャーズで大きな成功を収めた後、2011年1月にスュペル・リグ (トルコ1部) のブルサスポルと契約し、初めてイギリス国外へと渡ることになったが、短期間に終わり、カーディフ・シティFCと契約。カーディフでの1シーズン後、メジャーリーグサッカー (アメリカ1部) のバンクーバー・ホワイトキャップスに所属することになり、2014年6月にレンジャーズに復帰するまでプレーした。

スコットランド代表としては、2001年に初出場を飾って以来、2013年に代表引退をするまで定期的に出場し、69試合18得点を記録した。

クラブ

ハイバーニアン

エディンバラマッセルバーグで育ち、1996年に16歳で地元のハイバーニアンFCの下部組織に入団[2]し、1997年11月29日のマザーウェルFC戦でプロ初出場を飾った[3]。1998年11月下旬から4部ステンハウスミュアーFC英語版にて期限付き移籍で過ごすことになった[4]が、ここでの4ヶ月間でレギュラーとして公式戦13試合10得点、内5試合で2得点づつ挙げる活躍を見せる[3]と、翌1999-2000シーズンはアレックス・マクリーシュ監督の下でチーム最多得点者として、スコティッシュ・プレミアシップ (1部) の舞台でセルティックFCレンジャーズFC相手に得点を挙げ[5]、また、得点力のみならず、オフ・ザ・ボールでも働きを見せ、スコットランドPFA年間最優秀若手選手賞英語版を受賞した[5]

レンジャーズ (1度目)

2000年6月26日に移籍金200万ポンドレンジャーズFCと5年契約を締結する[6]。7月26日にUEFAチャンピオンズリーグ 2000-01予選のFBKカウナスで初出場を飾った[7]。8月5日に敵地でのキルマーノックFCとのリーグ戦で初得点を挙げる[8]と、その3ヶ月後の11月4日にセント・ミレンFC戦 (7-1) でリーグ最多記録となる5得点[9]、更にASモナコアバディーンFC相手にも得点し、14試合10得点と高い得点率を有した。しかし、その後は調子を落とし、2011年1月下旬のブレチン・シティFC英語版とのスコティッシュカップでの1得点を加えた[3]38試合11得点で2000-01シーズンを終了した。

ウルヴァーハンプトン

2001-02シーズンに向け、ディック・アドフォカート監督がトーレ・アンドレ・フローロナルド・デ・ブールビリー・ドッズ英語版マイケル・モルス英語版アラン・ジョンストン英語版の既存の選手に加え、ショタ・アルベラーゼクラウディオ・カニーヒアとフォワードの選手を次々と獲得したことで余剰戦力となり[3]、2001年9月6日にディヴィジョン1 (イングランド2部) のウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCへ3ヶ月貸し出される[10]。期限付き移籍中には、18日のジリンガムFC[11]、次のウォルソールFC戦で得点を挙げる[12]中、出場5試合目のノッティンガム・フォレストFC戦で鎖骨を骨折[13][14]し、僅かな出場に終わったが、クラブの高評価から、2001年12月13日に移籍金300万ポンドの4年半契約で完全移籍を果たした[15]

2002-03シーズンはレギュラーとしてプレーしながらも、19試合の先発で6得点だったが、最後の半年間においてクラブタイ記録の公式戦7試合連続得点[16][17]を含め24試合18得点を記録し、19年ぶりのプレミアリーグ (イングランド1部) 昇格に貢献した[18]。翌2003-04シーズンは、ヘルニアの問題[19]から、2003年9月27日のボルトン・ワンダラーズFC戦までスタートを切れず[20]、初得点には10月28日のフットボールリーグカップバーンリーFC戦 (2-0) まで時間が掛かった[21]。暫くは無得点が続いたが、2004年1月13日にFAカップキダーミンスター・ハリアーズFC戦で2得点を挙げる[22]と、次のマンチェスター・ユナイテッドFCとのリーグ戦 (1-0) では決勝点を挙げ[23]、更に次のリヴァプールFCとのリーグ戦 (1-1) で同点ゴール[24]と強豪相手の勝ち点獲得に貢献したが、その後は、多くの試合で先発を任されながらも再び無得点が続き、チームは最下位に終わって1シーズンで降格した。

翌2004-05シーズンも引き続きチームに残留したが、出場機会の物足りなさを理由に2004年夏に移籍要望書を提出した[25]。最終的に移籍することはなく、デイヴ・ジョーンズ英語版監督との緊張関係にありながらも、最初の10試合で7得点と活躍を示すと、後任のグレン・ホドル監督の下では地位を確立しており[26]カール・コートと強力なコンビを組み[27]、20得点でシーズンを終了しており、この活躍に2005-06シーズン開幕前にプレミアリーグ昇格組のサンダーランドAFCから移籍金100万ポンド、120万ポンドと2度のオファーが届いた[28]。サンダーランドのオファーをクラブ側が拒否したことで、2005-06シーズンもウルヴァーハンプトンで迎えたミラーは、2005年10月のハムストリングの問題による1ヶ月以上の離脱[29]やウイングバック等の本職以外での起用が多かった[30]にもかかわらず、チーム最多の12得点を挙げた。ウルヴァーハンプトンでの5シーズンで公式戦189試合63得点を記録した。

セルティック

ウルヴァーハンプトンから契約延長のオファーがあった[31]ものの、それを拒否して2006年1月にセルティックFCとプレ契約で合意[32]し、2005-06シーズン終了に伴ってウルヴァーハンプトンと契約満了となり、2006年7月3日に自由契約でセルティックと4年契約を締結する[33]。なお、レンジャーズとセルティックのライバル関係にある両チームで第二次世界大戦後にプレーした選手としては、アルフィー・コン・ジュニア英語版モー・ジョンストン英語版に次ぐ3人目となった[34][注釈 1]

背番号9番を受け取ってスタートを切ったミラーは、シーズン前に行われたDCユナイテッドとの親善試合で退場[35]、最初の9試合で無得点[36]とセルティックでの生活は難しいものとなっていた。その後、2006年9月にセルティック・パークでのオールドファームで古巣レンジャーズ相手に初得点を挙げ[37]UEFAチャンピオンズリーグ 2006-07では、FCコペンハーゲン戦 (1-0) のペナルティーキックによる決勝点[38]SLベンフィカ戦 (3-0) の2得点[39]の3得点を挙げて決勝トーナメント進出に貢献し、レンジャーズとセルティックの両チーム所属した選手において、UEFAチャンピオンズリーグで得点を挙げた最初となった。だが、リーグ戦31試合4得点と期待はずれに終わった。翌2007-08シーズンは、ゴードン・ストラカン監督の構想外となった為に出場機会を求めて移籍を検討した[40]が、最終的に翻意し、定位置争いを決意する[41][42]と、2006-07シーズン初出場となった2007年8月11日のフォルカークFC戦で初得点を挙げ[43]、次のアバディーン戦で2得点[44]を挙げて2試合3得点とした。

ダービー・カウンティ

セルティック残留を決意し、2007-08シーズンのスタートを切ったものの、2007年8月31日に移籍金225万ポンド[45]でプレミアリーグ昇格組のダービー・カウンティFCと3年契約を締結した[46]。ダービーでは、出場の多くで先発を務めており、リーグ初出場を飾った9月17日のニューカッスル・ユナイテッドFC戦 (1-0) において、クラブのシーズン最優秀得点賞に選出される[3]初得点にして決勝点を挙げ[47]、29日のボルトン・ワンダラーズ戦でも得点[48]し、本拠地で行われた最初の2試合で2得点を挙げ、勝ち点獲得に貢献した。しかし、以降は得点数を2つ伸ばすにとどまり、30試合4得点でシーズンを終了し、チームのプレミアリーグ創設以来最少総得点という不名誉な記録に関与した。

レンジャーズ (2度目)

セント・ミレンFC戦でスライディングタックルを仕掛けるミラー (2010)

ダービー・カウンティが降格濃厚なため、2007-08シーズン中に古巣レンジャーズへの復帰を希望していた[49]。それに対してポール・ジュエル監督から一定の理解を示されながらも、適正な移籍金以外は撥ね退けるとしており[45]、当初150万ポンドと見られていた費用は、2008年6月13日に移籍金200万ポンドで決着が付き、3年契約でレンジャーズに復帰を果たした[50]。オールドファーム間を2度往来した選手としては、1890年代のトム・ダンバー (Tom Dunbar)以来となった[51][52]。2008年7月30日にUEFAチャンピオンズリーグ 2008-09予選のカウナス戦において、レンジャーズでの2度目の初出場を飾り[53]、2008-09シーズン最初のオールドファームとなった8月31日に初得点及び2得点目を挙げる[54]と、それから1ヶ月後の古巣ハイバーニアン戦においても2得点を挙げた[55]

加入1季目は、公式戦13得点とまずまずの成績を残してリーグとカップの2冠獲得に貢献すると、翌2009-10シーズンは相次ぐ負傷に悩まされるスタート[56]となりながらも、同シーズン最初のオールドファームで全得点に絡む2得点[57]を挙げて以来、昨季よりも得点数を大幅に増加させて公式戦21得点を記録しており、2010年3月のセント・ミレンとのスコティッシュリーグカップ決勝戦では、自チームが9人に減少した苦しい時間帯に決勝点を挙げている[58]クリス・ボイド移籍に伴い背番号9を継承[59]してスタートした2010-11シーズンは、8月14日にキルマーノックとの開幕戦でシーズン初得点を挙げたのを皮切りに、22日の古巣ハイバーニアン戦でのハットトリック[60]を含めリーグ戦で6試合10得点と高い得点率を有し[61]、その後も最初のオールドファームで2得点を挙げる[62]等で得点を重ねていき、2011年1月上旬の時点で公式戦22得点を記録していた[63]。冬の移籍市場において他国のリーグへ移籍したことで後半戦は出場することはなかったが、リーグ戦での21得点が他選手に追いつかれることなく、初の得点王となった[64]

ブルサスポル

レンジャーズでの活躍に、かつて師事したマクリーシュ監督率いるバーミンガム・シティFCから移籍金70万ポンドやACFフィオレンティーナからオファーがあった[63]ものの、それよりも低い移籍金でオファーしていたスュペル・リグ (トルコ1部) のブルサスポルと合意[65]し、2011年1月21日に移籍金40万ポンドで同クラブと2年半契約を締結する[66]。なお、2010年2月にUEFAチャンピオンズリーグ 2010-11で対戦した際のプレーが相手側に感銘を与えていた[66]。移籍完了から2日後のコンヤスポル戦でパブロ・バタージャとの交代で最後の25分から初出場を飾り[67]、初先発を務めたガラタサライSK戦で初得点[68]、次のスィヴァススポル戦で2得点を挙げ[69]、15試合5得点でシーズンを終了した[70]

カーディフ・シティ

カーディフ・シティFCでのミラー

ブルサスポルで定位置を確保出来ず[71]、クラブも放出を検討する中、古巣レンジャーズからのオファーをブルサスポル側に拒否された[72]が、カーディフ・シティFCからのオファーは受け入れられ[73]、2011年7月26日に移籍金87万ポンドでチャンピオンシップの同クラブへ完全移籍をする[70]ウェストハム・ユナイテッドFCとの2011-12シーズン開幕戦で初得点を挙げた後、暫く無得点が続いており、9月28日のサウサンプトンFC戦で久しぶりに得点を挙げ、2得点を記録した[74]ものの、次のハル・シティFC戦において、開始10分に足の付け根の負傷したことで2試合離脱となった。10月19日にマーキー・マッカイ英語版監督によってバーンズリーFC戦で復帰する準備が出来たことが報じられ[75]、22日の同試合で復帰を果たすと共に先制点を挙げ、同僚のベン・ターナーとの衝突による頭部外傷でベンチに退くまでの30分出場した[76]。12月にはバーミンガム・シティ戦とノッティンガム・フォレストFC戦でそれぞれ決勝点を挙げたが、2011-12シーズン後半戦において、22試合1得点と調子を崩しており[77]、2月26日に行われたリーグカップ決勝のリヴァプールFC戦ではPK戦を最初に失敗し、タイトルを獲得出来なかった[78]

バンクーバー・ホワイトキャップス

バンクーバー・ホワイトキャップスでの初出場となったサンノゼ・アースクエイクス戦のミラー (2012年7月22日)

エティエン・ヴェリコニャがカーディフ・シティに加入に伴い構想外となり、2012年7月16日に特別指定選手としてメジャーリーグサッカー (アメリカ1部) のバンクーバー・ホワイトキャップスに加入する[77]。6日後のサンノゼ・アースクエイクス戦において、ダレン・マトックスとの交代で試合残り12分から初出場を飾り、8月25日のポートランド・ティンバーズ戦で初得点を挙げる。加入初年度は、精彩を欠き僅か2得点終わった[79]が、翌2013年シーズンは、カミーロと共に攻撃を牽引しており[79]、ハムストリングの負傷で一旦離脱しながらも、6月の復帰初戦となったニューヨーク・レッドブルズ戦で決勝点を挙げる[79]等の活躍を見せ、7月には契約を2014年6月まで延長することに成功した[80]。しかし、契約満了残り僅かとなった2014年5月に双方合意で契約解除となった[81]

レンジャーズ (3度目)

2014年6月4日にスコティッシュ・チャンピオンシップ (2部) のレンジャーズに1年契約で復帰する[82]。8月5日にリーグカップのハイバーニアン戦において、レンジャーズでの3度目の初出場を飾り、8月30日のクイーン・オブ・ザ・サウスFC戦で初得点を挙げた[83]

リヴィングストン

2018年6月、リヴィングストンFC選手兼任監督として移籍した[84]

ダンディー

2018年8月29日、ダンディーFCに2年契約で移籍した[85][86]

パーティック・シッスル

2019年6月26日、パーティック・シッスルFCに1年契約で移籍した[87]。2020年1月に契約を解除した後、現役引退を発表した[88]

代表歴

2011年3月、ブラジル代表ルシオ (左) とマッチアップするスコットランド代表でのミラー (右)

2001年4月25日のポーランドとの親善試合において、クレイグ・ブラウン監督の下でスコット・ブースとの交代によって80分からスコットランド代表初出場を飾る[89]。2度目の出場を果たすまで約2年を要したが、2003年3月にベルティ・フォクツ監督によってUEFA EURO 2004予選アイスランド戦に招集されて先発を務めると、初得点を挙げ[90]以来、2013年の代表引退までに多くの試合で先発を務めており、ドイツ戦やウクライナ戦といった幾つかの重要な試合で得点し、2005年度には、オーストリア戦、イタリア戦、ノルウェー戦との3試合で4得点を記録した。

2010年10月のチェコ戦で通算出場数50試合に到達。2011年2月9日の北アイルランド戦では初めて主将を務め、そして得点を挙げた[91][92]。クラブレベルにおいて、欧州以外のクラブでプレーすることになった後も代表に出場し続け、2013年8月14日のイングランド戦で得点した[93]が、その数日後の23日にクラブに専念する為、69試合18得点を記録した代表からの引退を表明した[94]

個人成績

クラブでの出場記録

出典:[95][96]

クラブ シーズン 国内リーグ カップ リーグカップ その他 合計
所属リーグ出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ハイバーニアン 1997-98 プレミアディヴィジョン 700000-70
1998-99 ディヴィジョン1 710010-81
1999-2000 プレミアディヴィジョン 31115121-3813
合計 45125131-5314
ステンハウスミュアー (loan) 1998-99 ディヴィジョン3 1182200-1310
合計 1182200-1310
レンジャーズ 2000-01 プレミアリーグ 2783111413511
2001-02 3000000030
合計 3083111413811
ウルヴァーハンプトン 2001-02 ディヴィジョン1 202100020232
2002-03 43194321315224
2003-04 プレミアリーグ 252322100305
2004-05 チャンピオンシップ 44192011004720
2005-06 35102022003912
合計 16752125755118963
セルティック 2006-07 プレミアリーグ 314411083448
2007-08 2300000023
合計 3374110834611
ダービー・カウンティ 2007-08 プレミアリーグ 3043200-336
合計 3043200-336
レンジャーズ 2008-09 プレミアリーグ 30105310203813
2009-10 33186211504521
2010-11 18210010612522
合計 81491153113110856
ブルサスポル 2010-11 スュペル・リグ 155000000155
合計 155000000155
カーディフ・シティ 2011-12 チャンピオンシップ 43100051205011
合計 43100051205011
バンクーバー・ホワイトキャップス 2012 メジャーリーグサッカー 93000010103
2013 218000010228
2014 132000000132
合計 43130000204513
レンジャーズ 2014-15 チャンピオンシップ 338 40 30 31 439
2015-16 2612 10 21 23 3116
通算 5920 50 51 54 7425
総通算 551182 4417 2510 389 666225


a. ^ フットボールリーグ・チャンピオンシッププレーオフ2試合0得点を含む
b. ^ フットボールリーグ・チャンピオンシッププレーオフ3試合1得点を含む
c. ^ フットボールリーグ・チャンピオンシッププレーオフ2試合0得点を含む
d. ^ MLSカッププレーオフ1試合0得点を含む
e. ^ スコティッシュ・チャンピオンシッププレーオフ6試合1得点を含む

代表での成績

出典:[97]

スコットランド代表
出場得点
200110
200372
200490
200584
200643
200761
200851
200960
201051
201174
201271
201341
Total6918

代表での得点

出典:[97]

#開催日開催地対戦国スコア結果大会
1.2003年3月29日スコットランドの旗 グラスゴーアイスランドの旗 アイスランド1-02-1UEFA EURO 2004予選
2.2003年6月7日スコットランドの旗 グラスゴードイツの旗 ドイツ1-11-1UEFA EURO 2004予選
3.2005年8月17日オーストリアの旗 グラーツオーストリアの旗 オーストリア0-12-2親善試合
4.2005年9月3日スコットランドの旗 グラスゴーイタリアの旗 イタリア1-01-12006 FIFAワールドカップ予選
5.2005年9月7日ノルウェーの旗 オスロノルウェーの旗 ノルウェー0-11-22006 FIFAワールドカップ予選
6.0-2
7.2006年3月1日スコットランドの旗 グラスゴースイスの旗 スイス1-21-3親善試合
8.2006年9月2日スコットランドの旗 グラスゴーフェロー諸島の旗 フェロー諸島4-06-0UEFA EURO 2008予選
9.2006年9月6日リトアニアの旗 カウナスリトアニアの旗 リトアニア0-21-2UEFA EURO 2008予選
10.2007年10月13日スコットランドの旗 グラスゴーウクライナの旗 ウクライナ1-03-1UEFA EURO 2008予選
11.2008年3月26日スコットランドの旗 グラスゴークロアチアの旗 クロアチア1-11-1親善試合
12.2010年9月7日スコットランドの旗 グラスゴーリヒテンシュタインの旗 リヒテンシュタイン1-12-1UEFA EURO 2012予選
13.2011年2月9日アイルランドの旗 ダブリン北アイルランドの旗 北アイルランド0-10-3ネイションズカップ英語版
14.2011年5月25日アイルランドの旗 ダブリンウェールズの旗 ウェールズ2-13-1ネイションズカップ英語版
15.2011年9月3日スコットランドの旗 グラスゴーチェコの旗 チェコ1-02-2UEFA EURO 2012予選
16.2011年11月11日キプロスの旗 ラルナカキプロスの旗 キプロス0-11-2親善試合
17.2012年9月11日スコットランドの旗 グラスゴー北マケドニア共和国の旗 北マケドニア1-11-12014 FIFAワールドカップ予選
18.2013年8月14日イングランドの旗 ロンドンイングランドの旗 イングランド1-23-2親善試合

タイトル

脚注

外部リンク

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