ケント王国

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ケント王国
Kingdom of Kent
Cantaware Rīce
ブリタンニア 455年頃 - 871年 ウェセックス
ケント王国の位置
802年頃のケント王国(黄色)
公用語 古英語ラテン語
首都 不明
455年頃 - 488年 ヘンギスト
580/90年代 - 616年エゼルベルト1世(エゼルベルフト)
866年 - 871年エゼルレッド
変遷
建国 455年
ウェセックス王国に併合871年

ケント王国(ケントおうこく、Kingdom of Kent)は、イングランドに存在したヘプターキー(七王国)を構成する王国の一つ。ユトランド半島から来たジュート人の王国である。5世紀から9世紀にかけて存続し、支配領域は、ほぼ現在のケント州カンタベリーなどを含む地域)の辺りであった。

5世紀後半、ヘンギストによって建てられたとされる。(ヘンギストの子が北部から訪れて王朝を建てたとする説もある。)ヨーロッパ大陸に近接しており、大陸のフランクとの類似性・交流も指摘されている。アングロ・サクソン最初の貨幣もケントでつくられた。6世紀後半、エゼルベルフト王(エゼルベルト王)のもとで台頭した。エゼルベルフトは、フランク王国の王女ベルタを妃にむかえて大陸とつながりをもったほか、ローマ教皇グレゴリウス1世が派遣したカンタベリーのアウグスティヌスの働きかけで、正式にキリスト教を受容した。都のカンタベリーには司教座が設けられ、アウグスティヌスが初代大司教となった。一時はエセックスなどにも勢力を拡大したが、エゼルベルフトの死後は急速に弱体化し、8世紀にはマーシア王国に服属した。最終的には、9世紀にウェセックス王国に併合された。

系図

関連項目

参考文献

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