ケント王国
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5世紀後半、ヘンギストによって建てられたとされる。(ヘンギストの子が北部から訪れて王朝を建てたとする説もある。)ヨーロッパ大陸に近接しており、大陸のフランクとの類似性・交流も指摘されている。アングロ・サクソン最初の貨幣もケントでつくられた。6世紀後半、エゼルベルフト王(エゼルベルト王)のもとで台頭した。エゼルベルフトは、フランク王国の王女ベルタを妃にむかえて大陸とつながりをもったほか、ローマ教皇グレゴリウス1世が派遣したカンタベリーのアウグスティヌスの働きかけで、正式にキリスト教を受容した。都のカンタベリーには司教座が設けられ、アウグスティヌスが初代大司教となった。一時はエセックスなどにも勢力を拡大したが、エゼルベルフトの死後は急速に弱体化し、8世紀にはマーシア王国に服属した。最終的には、9世紀にウェセックス王国に併合された。