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ケ・ドルセー

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ケ・ドルセー(フランス語: Quai d'Orsay、フランス語: [ke dɔʁsɛ] (この音声ファイルについて 音声ファイル))は、フランス・パリ7区にあるセーヌ川左岸(リヴ・ゴーシュ(英語版))の埠頭(quai)である。日本語ではオルセー河岸(オルセーかがん)とも表記される。

セーヌ川沿いのブルボン宮殿。ケ・ドルセーの東端。
ケ・ドルセー37番地にあるフランス外務省庁舎

概要

コンコルド広場の対岸にあり[1]、東はブルボン宮殿を境にケ・アナトール・フランス(英語版)に、西はアルマ橋を境にケ・ブランリ(英語版)に接している。

フランス外務省の庁舎が所在し、フランスの報道では外務省のことを「ケ・ドルセー」と換喩で表現する[2]。オテル・デ・ザンヴァリッドと国民議会(ブルボン宮殿)の間にある外務省庁舎は、ジャック・ラコルネによって1844年から1855年にかけて建設された[3]。正面にある彫刻はアンリ・ド・トリケティが1870年に製作したものである。1919年のヴェルサイユ条約の交渉と起草は、ケ・ドルセーの外務省庁舎で行われた[4]。

歴史

現在ケ・ドルセーのあるセーヌ川の河畔では、多くの芸術家が絵画の制作をしており、フランス美術において重要な役割を果たしてきた。かつての東端はバック通り(英語版)までだった。埠頭の建設には時間がかかった[5]。

1931年には、ケ・ドルセー65番地にパリ・アメリカ教会(英語版)が建てられた[6]。

名前の由来

ケ・ドルセーという名前は、1700年から1708年までパリ市の商業管理者を務めていたシャルル・ブービエ・ドルセー(フランス語版)の所領だった、エソンヌ県オルセーに因む[5]。エソンヌ県オルセーは、パリ中心部の南西約20キロメートルの位置にあるコミューンである。

脚注

外部リンク

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