ゲオルゲ・ディマ音楽アカデミー
From Wikipedia, the free encyclopedia
ハンガリー王国時代の1819年にルジチカ・ジェルジュ(Ruzitska György [ˈruziʧkɒ ˌɟørɟ]) が音頭を取って音楽協会 (Muzsikai Egyesület) が設立されたのが始まり。これが1837年に音楽院 (Zenekonzervatórium) に改組され、翌年にはオラトリオの公演も行った。1902年の秋からトルダラギ・コルダ館 (Toldalagi–Korda-palota) の2階に移転。
1919年にトランシルヴァニアがルーマニアに割譲されたことに伴い、ルーマニアの作曲家ゲオルゲ・ディマ (Gheorghe Dima)を学長として、ルーマニア語で授業を行う「クルージュ音楽院」(ルーマニア語: Conservatorul de Muzică din Cluj) が新たに創設された。名称は1931年から「音楽演劇アカデミー」(ルーマニア語: Academia de Muzică şi Artă Dramatică din Cluj) に変わった。
1949年、共産党政権が樹立されると、“ルーマニア・ギリシア・カトリック教会”(東方典礼カトリック教会)が禁止され、教会財産が国有化されるか、ルーマニア正教会に委譲され、音楽アカデミーの本部は、レジェルイ通り(共産主義時代の8月23日通り、現在はI.C.ブラティアヌ通り )25号の、クルージュ統一神学アカデミーの建物に移された。
1950年にハンガリー系の音楽院とルーマニア系の音楽院は合併させられ、名称も「音楽院」に戻され、トランシルヴァニア公ボチカイ・イシュトヴァーンの生家に校舎を移転したが、後にギリシア・カトリック教会の神父養成学校の建物に移り、現在に至る。共産党政権が崩壊した1990年には再び「アカデミー」となり、クルージュ音楽院の最初の学長であったゲオルゲ・ディマの名が冠された。