ゲブルーダー・ザクセンベルク
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ゲブルーダー・ザクセンベルク(Gebrüder Sachsenberg、後のSachsenberg-Werke)は、ドイツのロスラウ(Roßlau、現:Dessau-Roßlau)に本拠を置く歴史的な企業で、主に機械製造と造船業で知られている。
1844年に設立されたこの会社は、19世紀から20世紀にかけてヨーロッパ有数の河川造船所として発展し、戦後には国有化・変革を繰り返した。
設立と初期の歴史
ザクセンベルク家は1620年頃からヴォルリッツ(Wörlitz)近郊で馬蹄や武器の鍛冶屋として知られている。
1844年に兄弟のゴットフリート・ザクセンベルク(Gottfried Sachsenberg)、フリードリヒ・ザクセンベルク(Friedrich Sachsenberg)、ヴィルヘルム・ザクセンベルク(Wilhelm Sachsenberg)によって設立された。
彼らは父の鍛冶屋を継承し、エルベ川沿いの土地を購入して事業を拡大した。1851年に鉄工所と機械工場「Gebrüder Sachsenberg」を設立。主な製品は蒸気機関、煉瓦プレス、蒸留装置などの機械で、成功を収め、創業者の一人はアンハルト公国(現在のザクセン=アンハルト州)で最高額の税を納める製造業者の一人となった。
ゴットハルト・ザクセンベルク(Gotthard Sachsenberg、1849–1914)は公国議会議員にも選出された。
発展と拡大
1866年にエルベ川沿いに造船所を設立(現在のRoßlauer Schiffswerft)。当初は船舶修理から始め、1869年に初の自社建造パドル蒸気船「Hermann」を進水させた。以降、革新的な鋼製船舶の建造で名を馳せ、浚渫船(1876年以降)、タンカー、漁船、海上船などを生産。1890年頃にはヨーロッパ最大の河川造船所となった。
国際展開
特殊製品
エルベ川用のチェーン曳航船が得意で、ザーレ川やマイン川向けも建造。第2次世界大戦中(1937–1945年)は、シュテルテル男爵と協力して水翼船(hydrofoil boats)を開発・生産。1939年にハンブルク=ハルブルクに支社を開設した。
戦時中と戦後
1934年からゴットハルト・ザクセンベルクが経営を担ったが、1939年に戦争生産への転換を拒否したため、執行役員を解任(監査役は継続)。キール工場では強制労働が用いられた。
戦時中には、ドイツ軍の水陸両用戦車のフロートの設計・製造も、行っている。
1945年、ソ連軍事占領下で創業家が財産を没収され、施設は解体・賠償としてソ連に送られた(1953年までモーター貨物船などを生産)。
東ドイツ(DDR)時代には国有企業(VEB Elbe-WerkおよびVEB Roßlauer Schiffswerft)として再建され、1952年までに従業員2,000人超。ジョセフ・レスル職業学校などの教育施設も整備された。
DDR時代の生産
輸出指向の主要造船所として、漁船、貨物船、タンカー、浚渫船、トロール船、水翼船、客船などを建造。
例: ソ連向けSeiner型漁船(1948–1952年)、ノルウェー向けType Roßlau/ Europa型沿岸モーター船(1969–1977年)、ソ連向けコンテナ船Bachtemir型(1977–1989年)。
現在と遺産
1990–1993年に信託公社(Treuhandanstalt)管理下で「Roßlauer Schiffswerft GmbH」に再編。
1994年に「RSW Roßlauer Schiffswerft GmbH & Co. KG」に改称。造船から鋼構造物製造(エレベーターシャフト、クレーン、橋梁など)に転換。
現在は「Heinrich Rönner Gruppe」傘下で、従業員221名(うち見習い25名)が鋼橋や船舶部品を生産している。
ロスラウ船舶・航海博物館(Schiffbau- und Schifffahrtsmuseum Roßlau)が敷地内にあり、300㎡の展示スペースでロスラウの造船史とエルベ川航路を展示している。
この会社はロスラウの工業化を象徴し、ヨーロッパの河川・内陸造船から現代の鋼構造産業への橋渡し役を果たしている。