コチュビンスケ
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コチュビンスケ Коцюбинське (Kotsiubynske) | |||
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ビリチ駅 | |||
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| 座標:北緯50度29分24秒 東経30度20分05秒 / 北緯50.49000度 東経30.33472度座標: 北緯50度29分24秒 東経30度20分05秒 / 北緯50.49000度 東経30.33472度 | |||
| 国 |
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| 州 |
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| ラヨン(地区) | ブチャ地区[1] | ||
| フロマーダ | コチュビンスケ・フロマーダ[1] | ||
| 都市型集落 | コチュビンスケ | ||
| 設立 | 1941年2月11日 | ||
| 人口 (2021年)推定[2] | |||
| • 合計 | 17,249人 | ||
| 市外局番 | +380 4497 | ||
コチュビンスケ(ウクライナ語: Коцюбинське、英: Kotsiubynske)は、ウクライナのキーウ州ブチャ地区の都市型集落であり、フロマーダ[注釈 1]である[1]。この地方自治体はキーウ州境線の外に位置し、キーウ特別市のスヴィアトシン地区に囲まれた飛び地である[注釈 2]。人口は17,249人(2021年推定)[2]。
1900年にキーウ - コーヴェリ間の鉄道建設(1897-1903)の際に、フートル[注釈 3]・ベルコベッツ(Berkovets)として集落が始まったと見受けられる。フートルは、ビリチ森林の地元森林保護官の住居である1世帯の入植地で成り立っていた。集落は国有地のキーウ=ポジール管理局管轄の一部であった。
1903年にはフートル近辺に後にビリチ鉄道駅と変容する通過ループ が敷設され、鉄道駅は5キロメートル離れた[3]ビリチ村[注釈 4]に由来して命名されたと考えられている[4]。
1932年には周辺の森林に戦車演習場が作られることになり、フートル・ベルコベッツの住民は家を解体してどこかへ移住するように命じられた[5]。退去命令を拒んだ者は兵士によって集められ、ビリチ駅へ連れて行かれた[5]。その後、住民たちはビリチ駅周辺に住み着いた[4]。
1939年の国勢調査ではベルコベッツの住民は1,091人となっていた[5]。
1941年2月11日、フートル・ベルコベッツはコチュビンスケとして都市型集落の地位を与えられた[4]。集落の名はウクライナの著名な作家であるミハイル・コチュビンスキーに敬意を示してあやかった[4]。