大阪船場繊維卸商団地
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歴史
1963年(昭和38年)、大阪市東区(現・中央区)の船場地区で営業していた繊維卸問屋が、箕面市南部へ集団で移転することとなった。船場において大規模な立ち退きを必要とした中央大通の敷設と、千里丘陵において造成中であった千里ニュータウンの大動脈となる新御堂筋の敷設は時期を同じくしていたことから、移転先は北摂地区の中でも、ニュータウン地区となる豊中市北東部や吹田市北西部ではなく、箕面市南部の新御堂筋沿いに白羽の矢が立った。
これに伴い、同1963年11月27日に創立総会を開催[1]、翌(昭和38年)1964年(昭和39年)5月26日付で「大阪船場繊維卸商団地協同組合」を設立[1]した。
1967年(昭和42年)より繊維卸商団地の造成が始まり、日本万国博覧会(大阪万博)が開催された1970年(昭和45年)に街開きを迎え、1978年(昭和53年)までに移転が全て完了した[3]。この間、1969年(昭和44年)に新御堂筋の萱野交差点(国道171号交点)以南が開通し、1972年(昭和47年)に船場東・船場西の現行住居表示が実施された。
その後、バブル崩壊や日本国外からの安価な繊維製品の流入、ファストファッションの浸透といった経済状況の変化により、マンションや遊技施設などが増加して街の様相が変化しつつあることが、箕面市の報告書にもまとめられている[4]。
施設
出典[1]
- COM2号館 - 1976年8月竣工
- COM3号館 - 1976年12月竣工、箕面繊維団地内郵便局を併設
- COM5号館 - 1974年12月竣工
- COM6号館 - 1972年6月竣工
- COM7号館 - 1969年6月竣工
- COM9号館 - 2014年4月竣工、商工中金箕面船場営業所を併設[7]
- COM10号館 - 1978年10月竣工
- PDセンター
- 1期棟 - 1972年3月竣工
- 2期棟 - 1972年6月竣工
- 3期棟 - 1975年8月竣工
- 第2PDセンター - 1982年2月竣工
- COM第3パーキングビル - 1980年10月竣工、駐車場
- COM第5パーキングビル - 1990年6月竣工、駐車場
- COM第6パーキングビル - 2018年3月竣工、駐車場
- 平面駐車場 - 2018年3月竣工
交通アクセス
- 北大阪急行電鉄
- コムアート交通「COMバス」
組合は当団地への従業員輸送のため、コムアート交通株式会社(コムアートこうつう)[9]を1989年(平成元年)5月に設立[1]。本社を団地内(船場東2丁目8番20号)に置く特定バス専業事業者で、千里ニュータウン地区(千里中央駅)および阪急箕面線箕面駅から、「COM ART HILL」ロゴ入り専用塗装の「COMバス」と呼ばれる送迎バス(路線型大型車[注 1])を運行してきた[2][8]。コムアート交通は日本バス協会傘下の大阪バス協会にも加盟し[11]長らく当団地への交通アクセスを一手に担ってきた。
しかし、大阪大学箕面キャンパス新設により北大阪急行電鉄が延伸され、2024年(令和6年)3月23日には当団地への最寄り駅となる箕面船場阪大前駅が開業[12]した。
それにより「COMバス」は同年4月1日付で、箕面線(箕面駅 - 団地)および千里中央線(千里中央駅 - 団地)で、同駅を経由するルートに変更[8][13][14]、また箕面線ではダイヤ改正を行った結果、駅開業の影響で大幅減便となり、日中は1時間に1本となった[8]。
関連企業・団体
大阪府内のその他の繊維問屋街
- 共同企業体SSOK組合 - 同じ箕面市船場地区に所在。小売も行う。
- 新大阪センイシティー - 大阪市内に所在。小売も行うほか、他業種も入居しショッピングセンター化している。