コロンバン
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| 種類 | 株式会社 |
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| 本社所在地 |
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前六丁目27-8 京セラ原宿ビル6階 |
| 本店所在地 |
〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目17番5号 |
| 設立 |
1948年9月 創業 1924年3月 |
| 業種 | 食料品 |
| 法人番号 | 2010001043722 |
| 事業内容 | 洋菓子製造・販売、喫茶室の運営、不動産賃貸、養蜂及び関連商品の製造・販売 |
| 代表者 | 代表取締役社長 阿部二郎 |
| 資本金 | 6,240万円 |
| 売上高 | 50億900万円(2025年9月期) |
| 従業員数 | 313名(2025年9月) |
| 決算期 | 9月 |
| 外部リンク | https://www.colombin.co.jp |
株式会社コロンバン(英: Colombin Co.,Ltd)は、東京都渋谷区神宮前に本社を、東京都中央区銀座に本店を置くショートケーキやクッキー、原宿焼きショコラなどを中心としたフランス菓子の製菓会社である。
東京土産、法人向けオリジナル焼菓子、イオンやスーパー・コンビニエンスストアの贈答用菓子、amazon直販が主力マーケットである。
主力商品は「フールセック」「メルヴェイユ」「コロンバンビスキュイ」「ビスキュイアソートメント」「フレンチパイセレクション」といった焼菓子。
喫茶店や百貨店内の売店ではケーキも販売している[1] が直営店が減っており、生菓子の割合は非常に小さい。
渋谷コロンバンビル屋上での養蜂プロジェクトや、「原宿ロール」「原宿焼きショコラ」を展開する。バタークリームを使用したホールのデコレーションケーキは、原宿スイーツ店を除くと、クリスマス以外は受注生産しかしていない。また長年、半円形のジャパニーズワッフルを販売していたが、こちらも今は池袋東武店のみ常設。戦前から今に至るまで、洋菓子では唯一の宮内庁御用達である[2]。
かつては三和グループのメンバーであり三和系企業で設立されたみどり会のメンバーだったが[3]、現在は退会している。
養蜂に因んだ「原宿みっころ」というキャラクターが存在する(着ぐるみ、人形、2次元)。
歴史
1915年(大正4年)、宮内省大膳寮員を拝命した門倉国輝が、渡仏[4]、帰国後1924年(大正13年)に、東京大森に日本初のフランス菓子店コロンバン商店を創業したのが発祥という、洋菓子界屈指の老舗[5]。社名は「野鳩」を意味するフランス語で、創業者が修業したパリの洋菓子店から「のれん分け」された[6]。日本ではのれん分けが珍しくない菓子業界であるが、ここからさらに別れたのは今は無き「青森コロンバン」のみである。
定番の日本風ショートケーキをコロンバンが初めて考案、製作販売したとしている。1931年(昭和6年)に銀座(現:銀座6丁目界隈)にオープンテラス喫茶のパイオニアである路傍風の店舗「テラスコロンバン」を開店するなど、格式が高く先駆的な会社として知られた。第二次世界大戦の最中に砂糖の配給停止により一時休業に追い込まれるも、戦後再興した。
1951年(昭和26年)には渋谷の東横百貨店(現:東急百貨店東横店)の「東横のれん街」に日本初の洋生菓子実演室付き店舗を設置。営業規模の最盛期は1985年(昭和60年)頃で、関東だけで110を超える百貨店内の喫茶店、売店等があった[7] が、次第に関東・中京・関西とも直営店の数を縮小し、現在は東京・千葉のみ9店舗である。
2006年(平成16年)に就任した小澤俊文新社長の「売り場改革」戦略で、業績も回復。特にフールセックはオリジナルクッキーの拡販により年間売上高4400万円が6億円と、約13倍に急伸するなど、積極的な商品・市場開拓展開、営業展開によ
り、新たな成長を見せている[8]。
2020年(令和2年)1月17日、近隣の土地と合わせた東急不動産、渋谷区との再開発に伴い、53年続いた表参道沿いの原宿本店サロンを同年2月16日に閉店することを発表した[9]。喫茶店ではないが、近隣に売店「原宿スイーツ」が再開している。
2022年(令和4年)7月19日に、渋谷区の表参道から一本奥に入った場所にコロンバン原宿サロンが復活。原宿スイーツと合わせ、原宿には2店舗存在している。
店舗
備考
テレビ番組
- 日経スペシャル カンブリア宮殿 負の連鎖を断ち切れ!老舗菓子メーカーが挑んだ感動の復活劇(2018年1月25日、テレビ東京)[11]