10月31日、小規模のロシア軍部隊がコンスタンチノフカ南東部に侵入し、自動車工場周辺に到達した[39]。ロシア軍は11月に入るとコンスタンチノフカ市内に到達し、これによりコンスタンチノフカを巡る市街戦が始まった。
11月21、ロシア軍はコンスタンチノフカ周辺でさらに支配地域を広げ、南東郊外の墓地とダーチャを占領した[40]。
12月1日、ロシア国防省はチャシブ・ヤール北西のマイスケと、コンスタンチノフカ北西5kmに位置するオレクシーイェヴォ=ドルジキウカ近郊のクリノーヴェを占領したと報告した。
RYBARもクリノーヴェがロシア軍の管理下にあることを認め、単なる占領だけでなく、周辺のウクライナ軍防御陣地を突破したことを強調した。また、ロシア軍が北西にあるオレクシーイェヴォ=ドルジューキウカや、重要拠点であるコンスタンチノフカ、クラマトルスク方面への攻撃ルートを確保し、ウクライナ軍は防御に適した高地を失い、今後の防衛がさらに困難になると分析した。なお、一部のロシアのミルブロガーや、ウクライナ陸軍第11軍団は、ロシア軍の占領を否定している。同日、ウクライナ総参謀本部はロシア軍がコンスタンチノフカ南東のシュチェルビーニフカ、クレバン=ビーク、イヴァノピリアおよびカテリニフカを占領し、クレバン=ビク貯水池の南岸全域へ進軍したことを報告した[41]。
2025年12月、コンスタンチノフカ周辺において、ロシア軍とウクライナ軍の間で激しい攻防戦が展開された。ロシア軍は小規模部隊による潜入戦術を主体に市街地への接近を図り、一方のウクライナ軍は反撃による陣地の奪還を試みた。
12月初頭、ロシア軍はコンスタンチノフカ市街地の南東部へ進出し、マヒストラルナ通りやオストフコホ通り、クスタナイスカ通り付近での前進が確認された[42]。12月2日には、ロシア軍のゲラシモフ参謀総長が市内の約30%を占領したと主張したが、これに対してISW(戦争研究所)は、ロシア軍が前線後方の集落に潜入して国旗を掲げ、実態以上に進撃を装う「情報工作」を行っていると分析した[43]。
12月5日から8日にかけて、ロシア国防省はコンスタンチノフカ周辺のクリノヴェ、ベジミャネ、チェルヴォネといった集落の占領を発表した。これに対し、ISW(戦争研究所)は同省が12月1日にもクリノヴェの占領を主張しているため、これらを戦況を偽装するための情報工作であると分析している。また、ロシア軍が前線後方の集落に潜入し、国旗を掲げて「進撃」を装うなど、実態を伴わない成果をアピールする戦術を繰り返しているとも指摘している[44]。
同時期、コンスタンチノフカ北東に位置するプリヴィリャの貯水ダムが破壊された。この破壊について、ロシア側はウクライナ軍による爆破と主張したが、ウクライナ軍は11月時点でのロシア軍によるKAB誘導滑空爆弾の着弾が原因であると反論した[45]。
12月中旬に入ると、ロシア軍は霧や雪、寒冷な天候を遮蔽物として利用し、探知を回避しながら小規模な突撃を繰り返す戦術を強化した。ウクライナ側の報告によれば、ロシア軍は当初の3〜5名による突撃から、最終的には単独の歩兵を順次派遣して偵察と攻撃を行う手法へと変化させた[46]。
一方で、ロシア側の軍事ブロガーからは、ロシア軍の補給状況が極めて困難であり、市街地深部への進撃には高いリスクが伴うとの指摘もなされた。12月11日には、ウクライナ軍の反撃によりロシア軍が南東部のオストロフスコホ通りから約1km以上後退したことが確認された[46]。
同時期、ウクライナ軍は反撃に転じ、クレバン・ビク貯水池の南岸の一部を奪還した[47]。12月末時点においても、ロシア軍は天候条件を利用した小規模な潜入戦術を継続していたが、南部地域での攻撃において強い抵抗に直面し、決定的な進展には至らなかった。
2026年に入り、年が明けても戦線は膠着状態にあった。1月1日、プレドテチネ北部において、ウクライナ軍が侵入したロシア軍兵士を攻撃する様子が確認された。この動きについて戦争研究所は、戦線の制御状況に変更を及ぼさない一時的な侵入作戦であると評価した。
1月2日、マイスケ中心部でロシア軍が国旗を掲げる様子が確認された。これに対し、ISWはこれも一時的な侵入作戦であると評価した。[48]
1月5日時点でのコンスタンチノフカ市内の戦況
1月8日、ロシア軍のドローン航続距離が延伸したことでウクライナ軍の地上通信路が妨害を受けており、積雪や悪天候がドローン運用に制限をかけている状況が報告された[49]。
1月11日、ロシア側の軍事ブロガーであるRYBARは、コンスタンチノフカの状況は複雑であり、孤立した陣地が点在しているため、両陣営ともに陣地の隙間を通って歩兵を後方に送り込む浸透戦術を多用していると報告した。また、クレバン・ビク貯水池の北岸地域ではウクライナ軍が反撃を行い、ロシア軍は当該地域での支配権を失ったとし、今後、クレバン・ビク貯水池北岸高地地域を占領することが戦略上重要だと述べた[50]。
1月17日、軍事アナリストのRYBARは、コンスタンティノフカ方面における戦況報告の実態について警鐘を鳴らした。報告によると、クレバン・ビク貯水池の北岸やマイスコエ、クリノヴォエといった集落について、現場では時期尚早な占領報告が常態化しており、これが前線に悪影響を及ぼしているという。これらの地域は公式には既に解放済みと発表されているものの、実際には数ヶ月が経過しても安定した支配が確立されておらず、進軍は停滞したままである。
RYBARは、こうした実態を伴わない虚偽の報告が放置されれば、クピャンスク方面で露呈したような作戦全体の破綻を招くリスクがあると強く警告した[51]。
1月20日、ISWはロシア軍がコンスタンチノフカ南東のアラミイスカ通りに到達したと報告した[52]。
1月25日、RYBARは、ロシア軍が高速道路沿いのダーチャを占領したことで、市中心部への侵入を活発化させていると報告した。また、クレバン・ビク貯水池の北岸占領に成功し、コンスタンチノフカの南西部および南東部への攻撃を強化していると述べた [53]。
1月26日、ISWはコンスタンチノフカ南部のベレストクにロシア軍が到達したと報告した[54]。また、翌日にISWはロシア軍が保持していたとされるヤブロノフカ北部にウクライナ軍が陣地を維持していると報告した[55]。
ドネツク州軍事行政長ヴァディム・フィラシュキンは1月28日時点で約2,800人の民間人がコンスタンチノフカに残っていると報告した[56]。
2月6日、RYBARは、ロシア軍が市南部郊外で支配地域を広げつつあり、上空ではドローン部隊が敵の補給網を無力化していると報告した。また、ウクライナ・ロシア両軍ともにコンスタンチノフカへ兵力を集中させており、今後この地を巡る戦いはさらに激化するだろうと述べた[57]。
2月9日、ISWはロシア軍がコンスタンチノフカ南東部のインターナショナル通りで僅かに前進したと報告した[58]。また、コンスタンチノフカ南部のイヴァノピリア北西へも進軍したと評価した[59]。
2月15日、RYBARは、コンスタンチノフカ方面がロシア軍にとって「最も困難な戦線」であると指摘し、その理由の一つとして数か月前に行われた虚偽の状況報告を挙げた。ロシア軍は南西のヤブロノフカ方面や南部のイヴァノピリア方面をいまだ占領できておらず、ウクライナ軍はいずれ後方へ撤退すると予想されるものの、その戦力がコンスタンチノフカ市内で反撃に転じる可能性が高いと警告した [60][61]。
2月17日、ISWはロシア軍がイヴァノピリアとプレシュチーヴカで前進したと報告した[62]。
ウクライナ軍のドローン大隊の指揮官は、2月20日にロシア軍がコンスタンチノフカ北東に位置するミンキヴカを支配していないことと、ロシア軍が「旗揚げ」戦術を用いて前進の錯覚を作り出していることを指摘した。また、ウクライナ軍がそれらを検知すると、ロシア兵は降伏するか逃走すると述べた[63]。
2月25日、RYBARは、ロシア軍がコンスタンチノフカとオレクシーイェヴォ=ドルジューキウカ間のダムを破壊したと報告した。これにより、浸水が発生してウクライナ軍の市南部への補給が一時的に麻痺し、倉庫やシェルターも被害を受けた。ロシア軍はこの機を逃さず、半包囲下にありながら占領できずにいたイヴァノピリア方面で攻撃を激化させた。 なお、ダム破壊については過去にウクライナ軍もノヴォエコノミキエ近郊などで実施している。RYBARは今回の破壊を「敵の補給路を断ち、攻撃を有利に進めるための戦略的打撃」と位置づけた[64][65]。
同日、軍事アナリストのマショベツ氏はコンスタンチノフカの戦況について、「ロシア軍が過去2週間の間でドルジューキウカとコンスタンチノフカを包囲してスラビャンスク・クラマトルスク方面へ進むという野心的な計画を立てたが、攻勢は失敗し、顕著な前進には至っていない。また、コンスタンチノフカ南部のウクライナ軍の拠点の奪取にも失敗しているため、 市街地内部への突破口が開けない状況にも陥っている。ロシア軍が夏季攻勢でスラビャンスク・クラマトルスク方面に進撃するには、2026年春までにコンスタンチノフカとドルジューキウカを完全に占領しなければならず、ロシア軍に残されたタイムリミットは後2〜3ヶ月程度だ。」と述べた[66]。
2月27日、ISWは市内中心部の駅でウクライナ軍がロシア兵を捕縛したことが確認されたため、駅の支配権はウクライナ軍が握っている可能性が高いと報告した[67]。
ウクライナ旅団の下士官は3月2日、コンスタンチノフカ方面のロシア軍の戦闘活動が過去数か月に比べて顕著に減少したと述べた。下士官はこの減少をロシア軍に対するスターリンク端末ブロックに起因するとし、これにより偵察の実施能力や砲撃・ドローン攻撃の調整が低下したと分析した。また、ISWは最近、ロシア軍がドネツク州の要塞ベルトに対する春夏攻勢に備え、クラマトルスク近郊の集落に対して砲撃を行っていると分析している[68]。
3月10日、RYBARは、ロシア軍が半包囲下にあったイヴァノピリア付近のウクライナ軍の複数の要塞から敵を撃退し、戦場に生じていたポケットを解消したと報告した。また、コンスタンチノフカの状況は依然として戦闘が続いており、技術学校付近での戦闘が激しさを増したと同時に、この方面では、ドローン操縦者の訓練精度や装備によって勝敗が決まる「無人の領域」へと移行しつつあると述べている[69]。
3月23日、 RYBARの報告によると、コンスタンティノフカ内部へはロシア軍の小規模な突撃部隊が深く侵入しているものの、ウクライナ軍の強固な防衛網による反撃に遭っており、現時点では占領に至るほどの成果は得られていない。また、ロシア軍のドローンや航空戦力は、前線から離れたドルジューキウカやクラマトルスク、および市内の拠点に対しても執拗なFPVドローン攻撃を仕掛けている。このように、前線から離れた場所であっても常に攻撃にさらされる状況下では、かつてのような「前線から離れれば安全である」という「安全な後方」の概念はもはや崩れ去りつつあると述べている[70]。
4月1日、RYBARは戦況について、ロシア軍はコンスタンチノフカ中心部で活発に活動しているが、現時点で市街地の半分を占領することさえ不可能であると報告し、この戦いでのウクライナ軍の目的は、できるだけロシア軍をコンスタンチノフカで時間と戦力を浪費させ、クラマトルスク=スラビャンスク都市圏への攻撃を遅らせることだと述べた[71]。