コンスタンティン・オルベリアン (指揮者)
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| コンスタンティン・オルベリアン Constantine Orbelian | |
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| 基本情報 | |
| 生誕 |
1956年8月27日(69歳) |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 職業 | 指揮者、ピアニスト |
| 公式サイト |
constantineorbelian |
コンスタンティン・ガルリエヴィチ・オルベリアン(アルメニア語: Կոնստանտին Օրբելյան; ロシア語: Константин Гарриевич Орбелян ラテン文字転写の例:Constantine Garrievich Orbelian 1956年8月27日生)は、アメリカ合衆国の指揮者、ピアニスト。彼の名前はアルメニアの著名作曲家であり父方のおじのコンスタンティン・オルベリアンからとられている[1]。ニューヨーク・シティ・オペラの音楽監督および首席指揮者を務める[2]。
サンフランシスコでロシアとアルメニアの移民であった両親のもとに生まれ、ピアノの神童として11歳にしてサンフランシスコ交響楽団と共演してデビューを果たした[3]。ニューヨークのジュリアード音楽院を卒業後にピアニストとしてのキャリアをスタートさせ、アメリカ合衆国、イギリス、ヨーロッパ、ソビエト連邦の主要オーケストラと舞台に上がった。ネーメ・ヤルヴィの指揮で録音したアラム・ハチャトゥリアンのピアノ協奏曲はイギリスで「年間最優秀協奏曲録音」賞を獲得した[4]。アメリカ・ロシア若手芸術家オーケストラの客演指揮者も務めた[5]。
オルベリアンが1991年にモスクワ室内管弦楽団の音楽監督に選任されたのは画期的な出来事だった。アメリカ人としてロシアのアンサンブルの音楽監督に就任したのは彼が初めてだったからである。後にフィルハーモニア・オブ・ロシアの音楽監督も引き受けており[6]、毎年開催のサンクトペテルブルク宮殿国際音楽祭を創設することになる[7]。2014年からリトアニアのカウナス市交響楽団の首席指揮者を務めており[8]、2016年にはアルメニア、エレバンの国立アカデミック・オペラ・バレエ劇場の総支配人、芸術監督となった[9]。2021年6月にニューヨーク・シティ・オペラを率いるポストに就任したことは、同団の演奏水準回復にかけた努力の末の大きな結果である[2]。
根気強くロシアとアメリカの文化交流を後押しし、世界ツアーを通じて国際的に文化の懸け橋となってきたことで、オルベリアンは2004年にロシア栄誉芸術家に賞されるが、ロシア国民以外がこの称号を獲得するのはこれが初めてだった。2010年5月、オルベリアンはソチで開催された文化オリンピックのための記念コンサートを率いた。これは2014年のオリンピックをロシアが主催するにあたり舞台を整えるために行われた最初のイベントだった。2012年に在サンフランシスコ領事館から友好勲章を授与された[10]。これはロシア連邦とその国民への国際的関係の向上に寄与する業績をあげた非ロシア人に送られるもので、他の受章者にはピアニストのヴァン・クライバーンや指揮者のリッカルド・ムーティなどがいる。
1995年にサンフランシスコで行われた国際連合発足50周年記念演奏[11]、2004年のアメリカ合衆国国務省でのワシントンとモスクワ間の外交関係70年を記念する演奏会、そして2007年の国務省への再登場[12]、これら全てがモスクワ室内管弦楽団と共に行われた。2001年にはアメリカ合衆国に対して傑出した貢献を行った移民、または移民の子どもに贈られるエリス島名誉メダルを授与された[13]。2015年にはアルメニア友好勲章を授与されている[14]。
2025年、イスラエル・シンフォニエッタ・ベルエシェバの音楽監督に選出された。
ディスコグラフィー
オルベリアンはデロス・プロダクションズに60を超える広範なディスコグラフィーを誇る[13]。録音デビューはハチャトゥリアンのピアノ協奏曲で、指揮はネーメ・ヤルヴィ、管弦楽はロイヤル・スコティッシュ管弦楽団であった(1987年、Chandos CHAN 8542)。政治と芸術の両面で重要な録音はディミトリー・ホロストフスキーとモスクワ室内管弦楽団で第二次世界大戦期の歌の新しいアレンジを収録した『Where are You, my Brothers?』であり、2003年初にモスクワのクレムリン大宮殿で6,000人の聴衆を前に披露されたものである[15]。ロシアテレビによる放送は9千万人以上が見守った。2004年1月16日レニングラード包囲戦の生存者へ向けて、サンクトペテルブルク交響楽団の伴奏で同じプログラムが披露された。オルベリアンとホロストフスキーの共同での作品には、他に『Moscow Nights』や『Wait for Me』などの感傷的な歌を集めた録音[16][17]、ヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』などがある[18]。2014年にローレンス・ブラウンリーとタッグを組んだ『Virtuoso Rossini Arias』[19]、およびイルダル・アブドラザコフとの『Power Players』は[20]、グラミー賞のクラシック音楽独唱声楽アルバム部門[21]、ならびにインターナショナル・クラシカル・ミュージック・アワード2015の声楽リサイタル部門にノミネートされた。またホロストフスキーによるゲオルギー・スヴィリードフの連作歌曲『ともづなを解かれたロシア』[22]、ホロストフスキーによる『リゴレット』[23]、スティーブン・コステロのベルカント・アリア・アルバム『A te o Cara』の録音でもグラミー賞へノミネートされた[24]。