ゴレスターン条約
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当地を巡って1804年以降、断続的に発生していたロシア帝国とガージャール朝の第一次ロシア・ペルシア戦争は、アスラーン・デジュの戦いでロシア帝国が勝利して大勢が決した。
1813年、アゼルバイジャンのゴレスターンにてロシアとガージャール朝の間で条約が締結され、ガージャール朝はアラス川以北の地域をロシアに割譲し、グルジアに対する主権を放棄した[1]。このほか、ガージャール朝はカスピ海の航行権をロシアに認め[1]、アゼルバイジャン地域のロシア化が進むきっかけとなった。