サイレンスーツ
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サイレンスーツ(英: Siren suit)とは、全身を覆うようなトップスとボトムスが一体になった衣服(つなぎ)の一種であり、簡単に着脱ができるようになっている[1]。
シェルターへの避難時に着用するために設計され[1]、第二次世界大戦中のイギリスで行われた空襲のさなか、シェルターに避難する際の防寒対策などに役立った。サイレンスーツはゆとりを持たせて仕立てられていたため、サイレンによって空襲が差し迫っていることが伝えられた場合であっても、寝巻の上からすぐに着用することができた[2][3]。
シェルターに避難する際に、サイレンスーツは子供にも大人にも着用されていた[4][5][6]。空襲から避難するためのシェルターとしては、アンダーソン・シェルターと呼ばれる形式のものが自宅の庭に造られることがあれば[7][8]、モリソン・シェルターと呼ばれる鉄製のケージ型のものを室内に設置することもあった[9][10]。また、公共のシェルターが道沿いに設置されていたほか、地下鉄もシェルターとして転用されていた[11][12]。


サイレンスーツは、ロンドンが空襲を受けているさなかにウィンストン・チャーチルが考案した衣服であり[13]、整備士や、煉瓦職人、戦車兵など多くの労働者が普段着を保護するために着用していたつなぎに似ている[14]。フランクリン・ルーズベルト大統領[15][16]、ドワイト・D・アイゼンハワー大将[17]、ソビエト連邦最高指導者のヨシフ・スターリンのような重要人物に会う場面を含め[18]、チャーチルは日常的にサイレンスーツを着用し、第二次世界大戦中の普及に大きな影響を与えた[19]。
空襲から避難したシェルター内で正装や仕事着を着用することはあまり現実的でなかったかもしれないが、サイレンスーツは他の衣服の上からでも簡単に手早く着用できる利点があったため、空襲発生時に家を出てシェルターに避難することを強いられた多くの人々に受け入れられた[2]。多くの小売業者が各々の品ぞろえを宣伝し、戦時中の流行トレンドになった[3]。
空襲のさなかに着用できる簡便さから、チャーチルによってサイレンスーツと名付けられた[20]。また、チャーチルは自身のサイレンスーツについて、「今まで所有してきた服の中で最も実用的である」と評し、ロンパースとも呼んでいた[13][21]。
構造
戦後の扱い
ウィンストン・チャーチルはサイレンスーツを着用していた著名な人物として知られ、戦時中だけでなく、戦後も主に絵を描いているときやくつろいでいるときにサイレンスーツを着用し[19]、1950年代にオスカー・ネモンに彫刻を制作してもらっていた際にもピンストライプが入ったグレーのものを着用していた。このサイレンスーツはネモンに譲渡され、後の作品制作に用いられた[25][26]。その後、2002年12月12日にはオークションにかけられ、29,875ユーロで落札された[27]。フランク・オーウェン・ソールズベリーも1942年に「Siren Suit」の題名でチャーチルがサイレンスーツを着用した姿の肖像画を制作している[28]。また、ターンブル&アッサーがボトルグリーンのベルベットを用いて仕立てたサイレンスーツもチャーチルは着用していた[29]。そのほか、チャーチルはオースティン・リードが仕立てたサイレンスーツも着用していた[30]。
チャーチルが壮年期を過ごしたチャートウェルでは、ボトルグリーンのベルベットを用いて仕立てられた前述のサイレンスーツが彼のスリッパおよびテンガロンハットとともに展示されているほか[31]、赤のベルベットを用いて仕立てられたサイレンスーツも展示されている[32][33]。また、ロンドンにあるチャーチル博物館にも彼のサイレンスーツが展示されている[34]。