サクシュコトニ川
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流路
歴史
札幌の中心街は豊平川扇状地の上にあり、地下水が豊富だったころにはその扇端のあちこちで水が湧いて小河川を作っていた。サクシュコトニ川もそうした小川の一つ[1]で、元来は北海道大学植物園の北にある伊藤邸(建設会社伊藤組土建の創始者・伊藤亀太郎の邸宅)にあった泉を水源とし、北流して偕楽園の泉「ヌㇷ゚サㇺメㇺ」(アイヌ語で野の傍の泉の意)の水を合わせ、北海道大学構内へと流れ込んでいた。小さな小川であったが、昭和初期までは鮭の遡上も見られたという。
周辺の都市化による地下水位の低下により1951年に水源が枯れ[3]、雨の時にしか水を流さなくなり、後に一部が埋め立てられ姿を消した。21世紀初めにサクシュコトニ川の再生計画が持ち上がり、2004年に北海道大学のキャンパスの南端から流れる小川として復活した。川の水は札幌市中央区伏見の藻岩浄水場から浄水過程で発生した放流水を廃止された水道管などを一部区間に使い導水している。
