サックヴィル子爵
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| サックヴィル子爵 Viscount Sackville | |
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Arms:Quarterly Or and Gules over all a Bend Vair.Crest:Out of a Coronet composed of eight Fleur-de-lis Or an Estoile of eight points Argent.Supporters:On either side a Leopard Argent
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| 創設時期 | 1782年2月11日 |
| 創設者 | ジョージ3世 |
| 貴族 | グレートブリテン貴族 |
| 初代 | 初代子爵ジョージ・ジャーメイン |
| 最終保有者 | 5代ドーセット公爵チャールズ・サックヴィル=ジャーメイン |
| 相続資格 | 初代子爵の嫡出直系男子 |
| 付随称号 | ボールブルック男爵 |
| 現況 | 廃絶 |
| 断絶時期 | 1843年7月29日 |
| モットー | やり切れぬならば、そもそもやるな (Aut Nunquam Tentes, Aut Perfice) |
| 1815年よりその廃絶まで、ドーセット公爵位の従属爵位 | |
サックヴィル子爵(英: Viscount Sackville)は、かつて存在したイギリスの子爵位。政治家ジョージ・ジャーメインが1782年に叙されたが、1843年にドーセット公爵位とともに廃絶した。

初代ドーセット公爵ライオネル・サックヴィルの三男ジョージ・ジャーメイン(1716-1785)は、オーストリア継承戦争にも参加した軍人で、政界に転じたのちはアメリカ独立戦争時の植民地大臣を務めた[1]。彼はノース内閣が下野したのちの1782年に、グレートブリテン貴族としてノーサンプトン州ドレイトンのサックヴィル子爵(Viscount Sackville, of Drayton in the County of Northampton)に叙された[1][2][3]。この時に併せてサセックス州におけるボールブルック男爵(Baron Bolebrooke, in the County of Sussex)も授けられている[3]。
1785年に初代子爵が亡くなると、息子チャールズが爵位を承継した。
2代子爵チャールズ(1767–1843)は1815年に本家筋であるサックヴィル家からドーセット公爵位とその従属爵位を継承したのち、枢密顧問官や主馬頭を歴任した[2]。しかし、彼には男子がなかったため、ドーセット公爵やサックヴィル子爵を含むすべての爵位は廃絶した[2]。
(→以前の歴史はドーセット公爵を参照。)