サドーラ川
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バスク山脈のエンツィア・プラテアウの斜面に水源があり、アラバ盆地を横切って西に向かう。アラバ県東部の中心的な自治体であるサルバティエラ/アグラインを通り、上中流にあるゲバラ(Guevara)ではゲバラ城がサドーラ川を見下ろしている。1947年にはビトリア=ガステイスの北東約12kmの距離にウリバリ=ガンボア貯水池が建設され、その後ビトリア=ガステイスの市街地を取り巻くように北部郊外を流れる。ビトリアの戦いはサドーラ河岸で行われ、ビトリア=ガステイスの西、ラ・プエブラ・デ・アルガンソン(La Puebla de Arganzon)からトレスプエンテス(Trespuentes)を通ってメンドーサ(Mendoza)までの約18kmの範囲で行われた[3]。ローマ都市のひとつであるイルニャ=ベレイアは、ビトリア=ガステイスの8kmほど西にあるトレスプエンテスの対岸にあった。ビトリア=ガステイスで南西に向きを変え、途中ではアラバ県内にあるブルゴス県の飛び地、トレビニョにあるラ・プエブラ・デ・アルガンソンを流れる。エブロ川との合流地点でブルゴス県に入り、ブルゴス県のミランダ・デ・エブロ近郊でエブロ川に合流する。

