サンドロ・メンデス
From Wikipedia, the free encyclopedia
Sandro Miguel Laranjeira Mendes
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 |
サンドロ・ミゲル・ラランジェイラ・メンデス Sandro Miguel Laranjeira Mendes | |||||
| ラテン文字 | Sandro Mendes | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1977年2月4日(48歳) | |||||
| 出身地 | セトゥーバル県ピニャル・ノーヴォ | |||||
| 身長 | 182cm | |||||
| 体重 | 82kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | 引退 | |||||
| ポジション | MF (DH) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1987-1989 |
| |||||
| 1989-1995 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1995-1996 |
| 41 | (3) | |||
| 1997-1999 |
| 62 | (2) | |||
| 1999 |
→ | 2 | (0) | |||
| 1999-2000 |
| 23 | (3) | |||
| 2000-2005 |
| 137 | (5) | |||
| 2005 |
| 0 | (0) | |||
| 2005 |
→ | 4 | (0) | |||
| 2006-2010 |
| 102 | (3) | |||
| 2010-2011 |
| 24 | (1) | |||
| 2011-2012 |
| 26 | (2) | |||
| 通算 | 421 | (19) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1997-1998 |
| 11 | (0) | |||
| 2002-2007 |
| 23 | (1) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2014-2015 |
| |||||
| 2019 |
| |||||
| 2021-2022 |
| |||||
| 2022- |
| |||||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
サンドロ・ミゲル・ラランジェイラ・メンデス(Sandro Miguel Laranjeira Mendes, 1977年2月4日 - )は、ポルトガル・ピニャル・ノーヴォ出身の元カーボベルデ代表の元サッカー選手、サッカー指導者である。ポジションはMF。カーボベルデ系ポルトガル人。カーボベルデとポルトガルの両方のパスポートを所持している。
プロキャリアの殆どを3度に渡り在籍したヴィトーリア・セトゥーバルで過ごし、生まれ育ったポルトガル国内のトップカテゴリーでは9シーズンで195試合6得点を記録した。
クラブ
ポルトガルのピニャル・ノーヴォで生まれたサンドロは、ヴィトーリア・セトゥーバルでキャリアを始め1部でプレーしていたが、スペイン2部のエルクレスCFに移籍し2シーズン半を過ごした。
1999年1月にローンで1部のビジャレアルCFに加入するも同シーズンでチームは降格し、サンドロは半年で出場2試合に終わった。翌シーズンは2部のUDサラマンカに在籍した。
3シーズン過ごしたスペインを去り古巣ヴィトーリア・セトゥーバルに復帰。2度目の在籍となったヴィトリアでも5シーズンに渡りレギュラーを務め、2005-06シーズンに同リーグの強豪FCポルトに加入した[1]が、公式戦の出場はなくトルコのマニサスポルに2006年1月まで貸し出された。その後、再び古巣ヴィトーリア・セトゥーバルに復帰した。
2009-10シーズンは降格の危機にあったが、2010年3月14日に残留争いをしているレイションイスSCとの直接対決を2-1の勝利で制するなど、26試合1得点と主力として残留に貢献。シーズン終了後、33歳となったサンドロは再びスペインの地を踏み、3部のADセウタに数人の同胞と共に加入[2]。1シーズン後にポルトガルに戻り2部のナヴァルと契約し、シーズン終了後に引退した。
代表
2002年からカーボベルデ代表に招集されている。2006年の2006 FIFAワールドカップ・アフリカ予選では5試合に出場した。